第10章 不測の事態
❁❁❁ 千side ❁❁❁
百「ユ、ユキ?そんな顔してなにかあったの?」
ペットボトルを拾いながら、モモが僕に声をかけるけど···今はそれより。
「シャワー浴びる。モモ、ドアのカギ···ガッチリ掛けといて」
言いながら流れ作業のようにタオルを掴み、衣装を脱ぎ捨てながら楽屋の奥にあるシャワー室へと飛び込む。
なんなんだ、あの女。
モモとのカットは、遠目で見ていてもごく普通にしていた。
撮影が終わったあとのモモを見ても、なにもなかったのは分かる。
けど、さっきは···僕の時は、違った。
必要なカットだから、お互い肌が触れ合う距離で並んでいた。
商品を手に取り、笑い合いながら飲み干し···そこで監督のオッケーが出て終わった。
そこまでは別にいい。
撤収しようと立ち上がりかけた時、あの女は躓くフリして僕に倒れかかって、咄嗟に抱きとめた。
奏「ねぇ···昔のパートナーは、まだ行方不明?」
耳元で囁かれた言葉に、一瞬···体が硬直した。
奏「それとも、もう忘れた?」
「おまえには関係ない」
突き放すように体を離し立ち上がれば、怪しげに笑いながら僕を見つめる。
奏「佐伯さんの事を手放せないのは、前のパートナーのとの繋がりが途切れてしまうから?それとも、他の理由?」
「黙れ」
奏「もう、彼女を抱いた?どんな声で哭かせた?」
僕が···愛聖を、抱く?
そんなの有り得ない。
あからさまに眉を寄せて見せた、その瞬間。
よろけてながら立ち上がるフリをして、僕に軽く···口付けて来た。
···気持ち悪い。
なんの感覚も起こらないその感触に、突き放してスタジオを後にした。
どれだけ熱いシャワーで流しても、なかなか消えない感触とあの女から漂っていた香りに苛立つ。
万の事を忘れる?
愛聖を抱く?
両方とも、ないだろ。
僕の隣で寝息を立てる愛聖を、いっそ抱き潰してしまえたら···そう思った事がないわけじゃない。
けど、そのあどけない寝顔を見て、そんなことをしたらバランスの取れた関係が壊れてしまう。
それが···怖かったから、出来ない。
万の事だって、未だに何度も夢に見る。
僕の手を、シャツを···万から流れる血で赤く染まっていく···夢を。
まだ···見るんだよ。