第10章 不測の事態
しばらく黙り込んだまま、話し終えた天の顔を見続ける。
いま聞いた話が本当だったらと思うと、どう言葉を発していいのかまだ私には分からない。
あれだけ新人だからこれからよろしくお願いします!って言ってた彼女が···本当は以前、違う名前で、違う事務所に所属していた人だったなんて。
それに、それだけじゃない。
その事務所の人に、私が八乙女プロダクションから引き抜かれそうになっていたとかまでも。
それが八乙女社長にバレて、潰された···とも。
信じ···られない。
信じ···たくはない。
だけど、天がそんなウソを言うような人間じゃないことは私も分かってる。
だとしたら、いま天から聞かされた話は本当で。
その為に私が逆恨みされてるかも知れないって言うことも本当で。
なのに、彼女が見せた笑顔が頭の中をチラついてしまって、どうにも言葉にならなくて。
ただひとつ言えるとしたら、私はこれから···どんな顔して彼女と接して行けばいいのか···だけで···
『どうしたら···いいんだろう』
やっとの思いで出された言葉は、誰に向けてでもなく零れていく。
龍「大丈夫?」
隣に座る龍が、そっと肩を抱き寄せて顔を覗く。
『私、なにも知らなくて···希望を途絶えさせた本人が私なのに、そんな事さえ知らなくて。それなのに、あんな風に話は聞いてあげるとか、バカみたい···』
龍「···愛聖」
夢に向かって歩き出した矢先に、その夢そのものがなくなってしまうような事務所の閉鎖。
それはきっと、とても辛い事だったと思う。
どんな形で今の事務所に在籍したのかは分からないけど、きっと···それなりに大変な思いをして頑張ってきたに違いない。
そんな時、自分の事務所がなくなってしまう結果を招いた私が目の前にいたら···誰だって、恨みの感情ひとつくらいは抱えてしまうと思うから。
楽「愛聖。ひとつ言っておくけど、相手の事情なんて愛聖が気に病む事じゃない。事務所を移る理由は、愛聖にだってあっただろ?」
『でも、私の場合は自分で仕事を掴めなかったから···だし』
楽「だからこそだ。人は人、愛聖は愛聖だ···お前のせいじゃない。だから、泣くくらいなら···いつもみたいにアホ面晒して笑ってろよ」
楽···