第8章 新たな一歩へ
八「何をモタモタしている」
『えと、あ、あの?』
八「私は忙しいんだ。早くしろ」
不機嫌な顔を変えずに言って、八乙女社長は先に歩き出してしまった。
もう、着いていくしかない···
私の楽屋まではすぐだったから、あっという間に着いてしまって、私より先にドアを開けた八乙女社長が私を招き入れるというおかしな絵面が出来上がる。
八「付き添いもなしに、ひとりで和装の着替えが出来るとは思えん···人を寄越したから手伝って貰え」
『あの、人って?!』
八「いらん心配はするな、姉鷺だ」
振り返りざまに言って、八乙女社長はそのままドアから出て行ってしまった。
姉鷺さんを呼んだから···って、言われましても。
その姉鷺さんだって、TRIGGERのことで忙しいんじゃないかと思うし。
と、とりあえず考え込んでても仕方ない。
出来る範囲の事は自分でしなきゃ!
小さくガッツポーズを作って、いざ!と帯留めに手を掛けるも···怪我をしたままの手を使ってでは、そう簡単には解く事が出来ず途方に暮れる。
いっそ帯ごと抜けられたりとか···しない、か。
マジシャンでもあるまいし、そんな簡単に出来たら放送中に大事故が起きるよ···
〖 ミュージックフェスタで放送事故! 佐伯 愛聖 が生放送中に脱衣?! 〗
···だとかね。
それはちょっと、ゴメンかも。
肺が平たくなるほどのため息を吐いたところで、カツカツと廊下にヒールの音が響き近付いてドアノブ前で止まる。
姉「愛聖、入るわよ」
私の返事を待たずに開けられたドアから、見知った姿がスルリと入って来てドアが閉じられた。
姉「社長から連絡貰ってビックリしたわよ?誰も付き添いがなしで楽屋に戻るとか···アンタのとこのカワイコちゃんはどうしたのよ?」
カワイコちゃんって···アハハ···
『紡ちゃんなら、アイドリッシュセブンの専属マネージャーだから、そっちの方に』
姉「あぁ、それは忙しいでしょうね。アンタには悪いけど、今日のステージであんな事になったんだから」
改めて姉鷺さんに一織さんのことを指摘されて、胸が痛くなる。
今頃、一織さんはどうしているんだろうか。
私に、してあげられる事は、掛けてあげられる言葉はあるんだろうか?
そんな事を考えては痛む胸に手を当てた。