第8章 新たな一歩へ
まさか、あの一織さんが···
思わぬハプニングに瞬きさえ忘れてしまう。
みんなの動きが止まってしまい、歌声もなく、曲だけが流れる一瞬の時間がとても長く感じる。
下「どうしたんだろうね、彼らは。音響に問題でもあったのかな?」
『そう、ですね···』
下岡さんも小声で私に声を掛けてくれるけど、事情が分からない私たちには状況が分からない。
もし下岡さんが言うように何か問題が起きたなら、MCである下岡さんやアシスタントである私のインカムに連絡が入る。
そう考えると、何も連絡が入って来ないという事は···一織さん自身に何かあったとしか思えない。
曲が始まる前、みんなが登場した時、何か変わった事はなかっただろうか?
ステージから目を離すことなく、曲が始まる前までの一織さんの様子を思い返してみる。
あの一織さんだから、体調不良という事はまずないだろう。
むしろ、その関係だったとしたら一織さんではなく七瀬さんの方が可能性は高い。
だって七瀬さんは持病を抱えているんだって聞いていて···
···七瀬、さん?
そう言えばさっき、みんながここへ登場した時···妙に七瀬さんが噎せていたことを思い出す。
下岡さんが緊張してる?なんて笑いながら言って、それに七瀬さんが···少し、なんて笑ってて。
あれがもし緊張とかではなくて、七瀬さんが発作を起こしかけていたのだとしたら。
その事に一織さんが気付いていたんだとしたら。
一織さんが危機を回避しようとして思案し続ける可能性もゼロではない。
そうだとしたら、さっきの一織さんは!
自分の中で折り合いをつけた考えを押し込め、今もまだギクシャクしたままのステージに目を向ける。
振り付けも指先が触ったり、ステップもまばらになってしまったみんなの顔が曇ったまま曲が終わってしまった。
下「ありがとうございましたー!アイドリッシュセブンでした!」
『あ、ありがとうございました!』
下岡さんの言葉に慌てて続けて言って、ステージから去っていく7つの背中を見送った。
その後ろ姿は、みんなが俯き、肩を落とし···トボトボと歩いて行く。
ただひとり違うのは。
誰よりも肩を強ばらせ···手のひらをギュッと握り締めた、一織さんの後ろ姿だった。