第2章 7つの原石
引っぱたかれる程のアクションがあるなら、まだいい方だ思う。
千···怒ると口も聞いてくれない位、徹底的に関わりを断つことがあったから。
その時は完全に私が悪かったから何度も謝って、さらに言えば見兼ねた百ちゃんまでが一緒に謝ってくれたお陰で許して貰えたけど。
今回は、多分···
一生他人のフリをされても仕方がない事をしたと思うから。
『ごちそうさまでした』
残りの食事を無理やり流し込み、食器を片付ける。
万理は何か言いたそうだったけど、女子は支度に時間が必要なんです!と言い切ってベッドルームへと姿を隠した。
壁に掛けてある服を見つめ、静かに息を吐く。
今日、これを来て···八乙女社長に会いに行くんだ。
新しい生活の大事な日だから、小鳥遊社長が着ていく服くらいは用意してあげたいと言ってくれたけど、私はそれを丁寧に断った。
どうしても、これを着て行きたかったから。
八乙女社長が私に初めて用意してくれたもの。
どこに行っても恥ずかしくないようにと、姉鷺さんを連れて三人で買いに出掛けて用意してくれた、この服。
挨拶周りをした時に、この服を来て歩いた。
今日、それを着て···私は八乙女プロダクションへ訪問する。
···気付いてくれるかな?
新しい門出に用意してくれた服を、また新しい生活のスタートに選んだ事を。
高まる緊張の中、小鳥遊社長をお待たせしてはいけないと腹を括り支度を始める。
思い返せば、メイクの仕方も姉鷺さんから特訓されたっけ。
春らしいメイク、夏らしいメイク、カジュアルな服の時、シックな服の時。
それぞれにメイクの仕方を変えなきゃダメよ!とか。
女はいついかなる時もキレイにしてないとダメ!とか。
えっと、女は···?
とか、何気に思ったりもしたことあったけど。
時にはお姉さんで、時にはお兄さんでいてくれた姉鷺さんにも感謝が尽きない。
次々と駆け巡る思い出に心を寄せながら、ようやく支度を整えた。
『万理、お待たせ。どう?なかなかの変身ぶりでしょ?』
万「変身って。大丈夫、愛聖によく似合ってるよ」
『知ってる』
万「あのねぇ」
せめて、せめて今日だけは泣かないようにしよう。
八乙女社長への最後の、挨拶だから。
込み上げるものをグッと堪え、私は万理に連れられて小鳥遊社長の元へと向かった。