第5章 ヒカリの中へ
会場となっている広間までの廊下を、1歩ずつゆっくりと歩いて行く。
社長よりひと足早く広間に向かった姉鷺さんは、既に入口でスタッフの人と何かを話していて、時々こっちを見ては微笑みをくれるけど。
実際、いま何より欲しいのは微笑みなんかじゃなくて。
転ばないように捕まる場所、なんですけど。
控え室からここまではちょっとの距離だけど、足首が爆発しそうですよ、姉鷺さん···
ぐらつきそうな足元に神経を張り巡らせながら、今だけなら大丈夫かなと、ため息を吐きながら壁に手を付こうと腕を伸ばした。
八「佐伯 愛聖」
『···?!はいっ!あっ···』
ピタリと足を止め、振り返ることもなく私を呼ぶ声に驚いて一瞬バランスを崩しかけてしまう。
なんとか転ばずに踏みとどまったものの、その体制はおかしな格好で壁に背中を預けた。
八「何をしている」
ゆっくりと振り返る八乙女社長が、そんな私の姿を見て眉間に深いシワを作った。
『すみません···』
こんな時まであの険しい顔を見ることになるとか···
そんな自虐を考えながら壁から背中を離せば、目の前に伸びてくる手に顔を上げた。
八「捕まれ。だらしない姿を晒すな」
厳しい言葉の中にも、優しさが隠れてることは···知ってる。
いつだって八乙女社長は、そうやって前に進む事を教えてくれたから。
厳しい言葉で怒鳴ったり怒ったりしながらも···だけど。
これからはそんな人がライバル達の支えになって行くんだと思うと、私はやって行けるのだろうかと苦笑が零れた。
八「早くしろ、ここは時間厳守がモノを言う世界だ。今だけは手を貸してやる。ただし、あの扉の先は···その役目は、あの男の仕事だ」
『···はい!』
差し出された手を掴み、まっすぐ足を伸ばす。
八「背筋を伸ばせ。腹に力を入れろ。膝を曲げて歩くな···散々、教えた筈だ」
デビューまでのレッスン期間、時間が開けば様子を見に来てくれた八乙女社長。
その時の事を思い出しながら、言われた通りに姿勢を正して歩き出す。
小「キミが手を貸すだなんて、今日は槍でも降るのかな?」
八「···黙れ」
姉「扉を開けます、宜しいですね?」
表情を変えることなく言う八乙女社長を見てクスリと笑いながら、姉鷺さんが広間へと続く扉に手を掛けた。