第19章 魔法のコトバ
❁❁❁ 楽 side ❁❁❁
「戻った。って、満席状態じゃねぇか」
いつもの様に空いた時間に蕎麦を配達して回って帰ると、出る時よりも客が増えていてこんな日も珍しいなと調理場へと足を運ぶ。
「客入りがいいのはありがたいが、こうも混み続けてるとひと息つく暇もねぇな。洗い物だって追いつかねぇし、どうしたもんだか」
蕎麦を茹でながら溢れそうな流し台を見ては爺さんも婆さんも疲れた顔をチラリと見せた。
「やっぱり今日はもう暖簾下げましょうか・・・まだ閉店には随分と早いけど、あまりお客さんを待たせるのも悪いし、楽だって忙しいからね」
「やっぱりアルバイトを雇うしかねぇのか」
こんな早い時間に店を閉めたところで、常連客は当たり前のように入ってくるんだから変わらねぇだろ?と返しながら洗い場へ入り使った器を片付けながら、ふと、思う。
アイツ、いま暇か?
いや、業界人相手に暇かどうかを聞くのは自分でもどうなんだとは思うが、前に一度手伝って貰った事があるから少しなら大丈夫なんじゃないか?
それにアイツが来てくれるなら爺さんも喜ぶし、オレも・・・
そこまで考えて、頭の片隅に二階堂の顔が浮かんで思わず頭を振る。
可愛い後輩に粉をかけるなと釘は刺されたが。
それを言うなら、オレは元同じ事務所の人間で二階堂よりは付き合いも長いだろ?
だったら少しくらい用事を頼んでもいいんじゃないか?
何気なく壁に掛けられた時計を見て、あの寮にいるなら晩飯前くらいの時間だと確信して手に付いた泡をザッと洗い流す。
「爺さん。ダメ元で手伝いに入れるか聞いてみるから、ちょっと抜ける」
「手伝いにって、アテはあるのか?」
「どうなるか分からないけど、イチかバチかで愛聖にな。もし少しでも手伝って貰えるなら、だけどな」
あの嬢ちゃんが来るのか!と嬉しそうな顔をする爺さんに、ダメ元だって言ってんだろと言いながらスマホを持って奥に下がる。
ダメ元。
そうだ、ダメ元だからな。
変に自分に言い聞かせるようにひと息吐いて、アドレスを辿って通話ボタンを押せば、幾らも待たずに呼び出し中のコールが途切れた。
『もしもし?』
「愛聖か?オレだ」
『・・・オレオレ詐欺?』
「違う、オレだよオレ」
『知ってる、楽でしょ?ちょっと言ってみただけ』