第12章 初めて見る恋人の表情
(あれ…先輩?)
とある昼休み。
部署への廊下を歩いていると、前方に野宮先輩と営業部の柏木課長が一緒に歩いているのを見かけた。
2人が入っていったのは喫煙所。
うちの会社は食品メーカーなので煙草を吸う社員はほとんどいないが(勿論先輩も吸わない)、課長は喫煙者なのかもしれない。
…それより今は2人のやり取りが気になる。
何だか先輩の表情もいつもより険しいし…
喫煙所はガラス張りになっているので2人の様子を窺う事は出来るが、当然何を話しているかまでは聞こえない。
何かを必死に訴えている先輩と、煩わしそうに煙草を吹かす課長…トラブルでも起きたのだろうか?
そんな事を思いながら遠巻きに2人の様子を見ていると…
「…!」
突然課長の胸倉を掴んだ先輩。
今にも相手に殴り掛かりそうな勢いだ。
「野宮先輩…!」
私は思わず喫煙所に飛び込んでいた。
何があったのかは分からないが、暴力は絶対にダメだ。
「ッ…、笹木……」
私に気付いた先輩が手の力を弛める。
その隙に課長は先輩の手を払いのけ、「企画部にはこんな野蛮な社員がいるのか…恐れ入ったよ」と嫌味を言って喫煙所を出ていった。
「チッ…」
忌々しそうに舌打ちする先輩。
その表情はまだ険しいままで…
(こんなに恐い顔の先輩、初めて見た…)
「あ、あの…」
「…頭冷やしてくる」
「……、」
何があったのか聞こうとしたが、彼は足早に私の前から立ち去る。
そんな彼を追い掛ける事は出来なかった…
「…笹木」
「っ…」
その後迎えた終業時間。
背後から聞き慣れた声に名前を呼ばれ、びくりと肩を竦ませる。
そこに立っていたのは野宮先輩だった。
「今日は寄る所があるから…悪いけど先に帰る」
「…え…?」
「1人で帰れるか?」
「……、」
いつもは一緒に帰っている私たち。
昼間よりはいくらか表情が和らいでいる彼だったが、それでもまだその口調は少しぶっきらぼうだ。
私も子供ではないので、1人で帰る事に抵抗はないけれど…
「はい…大丈夫です」
「…また明日な」
そう言って彼は部署を出ていった。
寄る所があるって一体どこだろう…?
昼間の件も気になるし…
けれど私は結局彼を問い詰める事が出来ず、その日は久しぶりに1人で会社を出た…
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