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たとえば、キミを愛する倖せ【短・中編集】

第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】


「今回は見逃してやる。その代わり、二度と彼女に近づくな」

 地を這うような低い声音に、三人の男たちは一斉に去って行った。

 それを確認し、安室は詞織を抱き締める腕に力を込め、ほぅっと息を吐く。
 しばらく、腕の中の彼女の存在を確かめていると、詞織が「ん……」と身じろぎをした。

「あ、すみません。大丈夫ですか?」

 ハッと我に返って彼女を解放すれば、詞織は涙に濡れた瞳を揺らしながらも、にっこりと笑顔を作った。

「大丈夫です。助けて下さって、ありがとうございました」

 安室さん、と続けようとする詞織の唇に人差し指を当てて遮る。

「ゼロ」

 そう、短く紡いだ。

「僕のあだ名です。透明だから、何もない。つまり、ゼロ。幼い頃にそう呼ばれていたんです。だから……」

 本名は教えられない。
 それでも、名前を呼んで欲しい。

 安室 透ではなく、降谷 零と。

 でも、それは叶わないから。
 せめて、それに近い名前を。
 自分の存在を表す、最も近い言葉。

「嘘、でしょう……?」

 嘘を聞き分けた彼女に、安室の肩がピクリと反応する。
 しかし、詞織は「でも」とすぐに続けた。

「……『本当の名前』、なんですね」

 先ほどの、無理して作ったものではなく、花が開くような笑みを。

 嬉しい、と笑う彼女を安室は再び抱き締めた。

 好きだと思った。
 取り繕うことなんてできない。


『俺』は、神結 詞織が好きだ。


 溢れるその感情を、もう抑えることなんてできなかった。


「……好きです……あなたが……詞織さんのことが……」


 だから。


「もう、他人の為に歌わないで下さい。もうこれ以上、あなたの歌を他人に聴かせたくない」


 もう誰にも、彼女の歌を聴いて欲しくなかった。

 もう誰の為にも、歌って欲しくなかった。

 ただ自分の為だけに歌って、ただ自分の為だけに微笑んでいて欲しかった。

 そんな安室の言葉を、詞織は黙って聞いていた。
 ただ黙って、ただ静かに。
 すると、わずかに押し返した安室の腕の中で、詞織は歌を紡いだ。
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