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ただのパンダのお引っ越し

第10章 スーツ男



「こっ…、ここに居たら、私の家に居たら、伊豆くんがまっとうな生活もできない、みたいな言い方するんですね!」

スーツ男さんの言動にイラ立って、私は声を大きくしてしまった。

「まっとうな生活ができていると、桃浜さんは本当に思っていらっしゃるんですか」

私の言葉にも平然とした顔で、スーツ男さんはピシャリと言い放った。
私の方が逆に、スーツ男さんの言葉に頭を殴られた気がした。

「桃浜さん、お宅が悪いと言うつもりはありません。我々黒白人が人間社会で苦労をするのは、どこでも同じなのです。中国政府ですら我々の存在を公認はしてくれません。こういう話をするのは心苦しいのですが、他国での生活に挫折する黒白人を私は何度も見てきました…」

その後もスーツ男さんは難しい話をしていたようだけど、私の耳には入らなかった。

横目でチラリと伊豆くんを見た。初めて会ったときは日に焼けて浅黒かった肌が、長い室内生活で白く変わっている。

伊豆くんはここにいる限り、仕事には就けないし、病院にかかるのも難しいし、子どもも…多分ムリだろう。

私はうなだれて、時間の過ぎるままに身を任せた。
スーツ男さんの話も、外の喧騒も、もう何もかも聞こえなかった。
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