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ただのパンダのお引っ越し

第9章 動物園でご対面



「…しかし、パンダの子どもはかわいかったな!」

重い沈黙がイヤだったのか、伊豆くんは気を取り直したように明るい表情に変わった。
ハッとして私も顔を上げた。

そうだ、私まで暗い顔をしててもダメだ。

伊豆くんという男は、基本的に前向きだ。どんな時もクヨクヨしたり、過去を引きずったりしない。能天気と言ってしまえばそれまでだけど、彼のそういうのびのびした感じは、私にもパワーをくれる。

そういうことに気づいてから、ますます彼が好きになったのだ。

「うんそうだね、凄くかわいかった!も〜、コロコロ転がってるのとかホントかわいかった!伊豆くんもそう思った!?」

伊豆くんもよく部屋ででんぐり返しみたいに転がってるし、パンダってそういう生き物なのかな。

会話が弾むのが嬉しくて、私はニッコニコ顔を伊豆くんに向けた。
伊豆くんも笑顔で答えた。

「そうだな。オレも子どもが欲しくなったよ」


カタン、と音がした。
私の手からコップが落ちた音だ。

コップからは水が流れ出し、たちまちテーブル上に広がって、茶碗や、汁椀や、おかずの皿などの足にまとわりついていった。

「あっ…」
「おい、大丈夫か」

伊豆くんは布巾を差し出してくれた。私はそれを受け取り、こぼれた水を拭いた。
拭きながら
「子ども、欲しいの?」
と尋ねた。顔は上げられなかった。

「ああ、パンダの子もかわいかったし、人間の子もかわいかった。親子連れがたくさん来ていただろう?いいな、ああいうの」
「そう…」

水を拭き終えた布巾をキッチンに追いやり、私は、黙って食事を再開した。
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