第9章 動物園でご対面
その日の夜。明かりの消えた寝室で、ベッドの中の私は寝つけずにいた。
いろんな考えが頭の中をぐるぐるする。
ベッドの脇で毛布を敷いてでべりと寝ている伊豆くんに、「起きてる?」と話しかけた。伊豆くんは小さくモゾリと動いた気がした。
「伊豆くん、私ね…昔、両親が離婚してね。父親が不倫してね、出て行ったの。母親だけが私の家族なんだけど、あの人も、なんか…離婚してからは気難しくなっちゃってね。高校卒業してから、会ってないの。たまにお金くれって連絡くるから、送金だけしてるんだけど」
思えば父と母が別れたあの時から、私と私の人生は変わってしまったのだろう。私はごく普通に育ち、ごく普通に両親に愛され、ごく普通に大人になるのだと、昔の私はぼんやりそう信じていた。両親の不和になど、私はひとつも気づいていなかった。
父が家を出て行ったとき、私は、何にもあてにならないのだと思い知った。家族の絆も、愛も、ある日目を覚ましたら突然消えてしまう。そうならない保証はどこにもないのだ。
大学に行くのも諦めた。私の境遇を知っている人に会うのがイヤで、知り合いなど誰もいない土地に逃げて就職した。昔夢見てたやりたい仕事とはなんの関係もない職場。毎日何も楽しくないし、5年後10年後の見通しも立たない。
私はまったく、朝起きて仕事に行くためだけに生きていた。でももう仕方ない。この歳だし。自分の人生をよくすることなど、もう出来やしないんだ。どうしようもないんだ。
「だからさあ、家族とか…結婚とか、あんまり考えてないんだよね。私の母親…普通に、愛想よくて、料理上手でさ、父親は母の何が不満だったのか、私今でもわかんない。でも父親に出て行かれてからのあの人はすっかり…面倒くさい感じになっちゃって。あんな人じゃなかったと思うんだけど。だからさあ、やっぱり…家族って、難しいんだよ。私も、いい奥さんやいいお母さんになる自信ないし。子ども産んでも…幸せにはしてあげられないんじゃないかなって…。ずっとそう思ってた」