第1章 YOURNAME【明智光秀】 【R18】
―……
その人に連れられたのは大学にほど近いカフェだった。
でもそのカフェはかなり“隠れ家”な場所で、学生の私もこんなところにカフェがあったなんて……と正直驚いた。
ブラックのコーヒーを飲んでいるその人は、間違いなく私が何度も会ったことのある“政秀さん”だった。
「政秀さん」……そういおうとした瞬間すっと私の口元にその人の人差し指が当てられる。
私が黙るとその人は優しく微笑んで、名刺入れから4枚の名刺を取り出した。
ーSengoku agent マーケティング・PR 明智光秀
ー探偵事務所Garbled fox 代表取締役社長 明智光秀
ーANZ 経営戦略室 明智光秀
≪わっ……いつも忙しそうにしている方だと思っていたけど、こんなにお仕事されてるんだ……≫
「これが俺の名前と役職だ。すべて持っておくといい。」
でも、私が気になったのは最後の名刺だ。
その名刺は真っ白な紙に「明智光秀」と名前が記されているだけで、連絡先を共有するという目的を全く果たせるものではなかったからだ。
「この名刺……お名前だけなんですね。お名前だけの名刺ってみたことがなくて……。」
その言葉を聞くと、光秀さんはくすっと笑って手元からライトを取り出しその名刺に当てる。
すると小さくLINEのIDらしきものと、ほかのどの名刺とも違う電話番号が浮き出てきた。
「……お前が最も使うのはこの名刺だろう。ライトもやるから、何か用があったらいつでもここに連絡をしておいで。
……そういえばお前の名をまだ聞いていないな。俺にすべての情報を抜かれてもいいなら、名を教えるんだな。」
そう質問する顔は、いつも通り意地悪だ。
「私の名前は……泉梨沙といいます……」
「ほう……俺に情報を自ら漏洩するとは……警戒心のない悪い子にはお仕置きだ。」
「光秀さんはそんなこと……しないと思うから。」
「相変わらずお前は甘いな……
ところで2週間後に知り合いから国際フォーラムで北欧展があると聞いた。一緒に行くか?……梨沙。」
「えっ……いいんですか?」
「ああ……おいで。」
でも、光秀さんはとても優しい人だって、知ってる。
お互いの名前も素性も知らなかった2人の距離がゼロになるまでもう秒読み。
FIN……
→次あとがき