第1章 母の自言辞を滅せよ
そう愚痴を始めれば、碧の脳裏には銀時と出会ったときの事が蘇った。記憶を無くし、大雨の夜に泥を被ってゴミ捨て場にいた彼女を銀時は戸惑う事なく拾ったのだ。碧の体は冷たく弱っており、数日間もの間の看病を万事屋で受けた。その甲斐あって、碧は無事に健康体を取り戻す。
お礼を、と碧は銀時に持ち合わせの端た金を渡そうとしたが、彼はそれを断った。もちろん善意からのものではなく、記憶喪失の碧の身元を調べれば財産がもっとあるかもしれない、と言う下心の元で出た断りだった。記憶が戻る、もしくは身元がはっきりするまでは面倒を見る事を約束し、碧の万事屋生活が始まる。最小限の私物の中に身分証明書が混じっていたのが幸いし、住所、名前、年齢はすぐに分かった。早速とばかりにその住所へと足を向かわせた銀時と碧だったが、そこに家は無く、ただの荒れた空き地が広がっているだけだった。次に市役所へと足を向け、せめて家族構成だけでも分かればと思っていたのだが、そこでも何の成果も得られなかった。碧の籍は独立しており、誰との繋がりも見つからない。家も金も記憶もない碧は途方に暮れる。
しかし銀時は碧に手を差し伸べた。ちょうど碧も万事屋での生活に慣れてきた頃でもあり、そのまま万事屋の一員として暮らさないかと誘ったのだ。銀時に心を許し始めていた事もあり、碧は嬉しさで涙ぐみながら提案を受け入れた。そして本格的に万事屋での生活が始まった。
「拾われたばかりの頃は幸せでした。泥を被りながら雨の中にいた私を助けれくれて、家事の手伝いをすれば礼も言ってくれてたんです。それが嬉しくて嬉しくて堪らなかったんですよ。だから私は出来る範囲で精一杯やってきました。苦手だった料理もいっぱい練習したし、洗濯物もどんなに量が多くても丁寧に畳んだ。掃除だって一日も休んだ事がないんです」
過去を懐かしみながら語る碧の表情は、哀愁が漂いながらも幸せが見て取れた。しかし表情はすぐに一変し、ぐいっとお酒を飲み干しながら眉間に皺が寄った。首と耳が少し赤みがかり、それが酔いによるものなのか、それとも怒りによるものなのかは定かではない。