第1章 母の自言辞を滅せよ
「さすがお登勢さん。スナックのママをやってるだけあって、人生相談がお上手ですね」
「ババアになりゃあ、これくらい出来るようになるんだよ」
「そうなんですか」
年の劫、と言うべきなのだろう。もう胸のつっかえも無くなった碧は、再びお登勢が注いでくれたお酒をちびり、ちびりと飲み干してゆく。心地良い気分になった彼女は、そのうちカウンターに頭を預けて深い眠りに入った。その様子を見たお登勢はタバコを客用の灰皿に消し入れ、入り口の戸へと足を進めた。眠っている碧を起こさぬよう静かに戸を開ければ、冷たい夜の風がスナックへと流れこむ。それに少し身震いをしたが、お登勢は気にせず店前で座り込んでいる男に声をかけた。
「アンタも少しは自覚したかい?」
「何をだよ」
「自分の身勝手さにだよ」
「うるせー」
一応、羽織とマフラーで外出の格好をしているものの、外の寒さで銀時の鼻は赤かった。碧の愚痴が終わるまでじっと外で待っていたのだから、それもそうだろう。話しかけてきたお登勢の応対も、白い息を吐きながら応えていた。
「ったく、本当にどうしようもない連中だよアンタらは。さっさと結婚指輪を渡しちまえば良いものを。アンタがいつまでもグズグズしてるから、こんな事になっちまったんだからね」
「うっせぇ、仕方ないだろうが。プロポーズした時に『金はねーけど、結婚してくれ』なんて言っちまったら、指輪なんて高価なモンをポンッと出せるワケねーだろ」
「なに妙な所で臆病になってんだい。どうせ渡すタイミングが掴めなくて家にいたら、緊張を紛らわすためにジャンプ読み漁ったり、菓子でも食ってたりしてたんだろう? しかも五ヶ月間ダラダラと。それで説教されて反発したらこの様さね」
「…………」
「図星だね。まあいいさ。さっさと彼女を連れてきな」
呆れた表情でお登勢は銀時を急かした。午前三時を過ぎたこの時間では、さすがのお登勢も眠気を覚えた。さっさと帰って欲しいのが本心である。銀時もこれ以上は寒い中にいられないのか、早足で碧の元へ行った。寒さで起きぬよう、マフラーも羽織も碧に譲って彼女を抱きかかえれば、銀時はスナックの戸を潜った。