第8章 犠牲精神
「フィッツの元に戻るから、その代わりに横浜から手を引いて。探偵社にも、もう関わらないで」
此れしか方法が無かった。
震える自分の声を自覚しながらも、其の儘ナナセは言葉を続ける。
「フィッツ。お願い。彼等から、あの場所から、手を引いて欲しいの。あなたの元に、戻るから」
フィッツジェラルドの元から自らの意志で逃げ出したこの身だが、決して彼が憎い訳ではない。
自分を拾い育てて呉れた事には感謝しているし、
強力な異能力者として尊敬してもいる。
そんな彼と、大切な探偵社──中でも、特に太宰だが──が、ぶつかり合うのは嫌だったのだ。
何方かが命を落とす可能性も捨てきれないのだから。
愛する太宰と離れるのは辛いし、探偵社の皆と離れるのもできることなら避けたい。
しかし、事態は願うだけでは収まらないところまで来てしまっていた。
其れなら、と思ったのだ。
自分が犠牲になる事で彼等とあの場所が救われるのなら、それでも良いじゃないかと。
自分だけが狙いで此方を襲撃しているのではない事位はわかっている。
然し、彼との取引が成立するのなら、この身を商品として扱う他ないのだ。
──我ながら、凄い犠牲精神だと思うけど。
──でも、もう…仕方ないよね。