第8章 To embrace…
俺のマンションからニノの部屋までは、車でも十分とかからない場所にあって、劇場まで徒歩でも通える場所で、俺が保証人になっている。
俺はマンションの来客用の駐車スペースに車を停めると、二階にあるニノの部屋まで、階段を一気に駆け登った。
息を整える間もなくブザーを押し、耳を澄ますけど、物音一つしなければ返事すらない。
もしかしてニノが帰って来て、一緒に出かけたとか…?
いや、そんな筈はない。
智との通話は、まだ繋がったままだ。
「入るぞ」
俺は電話の向こうの智に告ると、ゆっくりドアノブを捻った。
良かった、鍵はかかっていない。
「智、いるのか?」
そっとドアを開けながら、声をかける。
電話は繋がったままだから、当然智にも俺の声は届いてる筈。
狭いキッチンから続く寝室のドアを前に、ふと足を止めた俺は、備え付けの洗濯機に放り込まれた青色と黄色の布に目を奪われた。
男物の浴衣…?
それも一枚だけじゃない、二枚…
俺はぐしゃぐしゃに丸められたそれを洗濯機の中から引っ張り出し、広げた。
「…っだよ、これ…」
明らかに転んで出来た破れ方じゃない解れに、不安だけが脳裏を過った。
俺は二枚の浴衣を床に叩き付けると、寝室へと続くドアを乱暴に開け放った。
「智、お前っ…!」
驚かせるつもりなんてなかった。
でもベッドの上で膝を抱えていた智の身体はビクンと震え、一目で見て分かる擦り傷を作った顔が、一瞬にして色を失くした。
「何があった…」
敢えて聞かなくたって、智の泣き腫らした瞼と、怯えたように揺れる目を見れば、智の身に何があったのかなんて、容易に想像がつく。
俺はベッドの端に腰を下ろすと、小刻みに震える智の肩に腕を回し、そっと抱き寄せた。