第6章 Accident…
「あれ…は…」
まさか…、だってそんな筈は…
俺はニノのことをすっかり忘れて、そのキャップを追いかけた。
良く似てるだけで、見間違い…なのかもしれない。
それでも俺はそのキャップの後ろ姿を追わずにはいられなかった。
もう二度と会えない、って分かってるのに…
もうこの世にいない、って分かってるのに…
でもあの後ろ姿と、擦れ違った時に一瞬鼻先を掠めた、決して甘くはない、でもエキゾチックでセクシーな匂いは、今でも頭の片隅に確かに残っているアイツの記憶で…
「潤…、じゅ…ん…」
いつしか俺の唇はアイツの名前を呼び、頬を汗とは別の何かが濡らした。
「どうして…」
次第に霞んで行く視界を、真新しい浴衣の袖で拭い、履き慣れない下駄に痛みを感じながら、俺は幻かもしれない潤の後ろ姿を追った。
そしてとうとう神社の境内に差し掛かろうとした時、袂に入れていたスマホが震えた。
「あっ…」
ほんの一瞬…だった。
煩く鳴り響くスマホに気を取られ、足を止めたほんの一瞬…だった。
顔を上げた時には、そこに潤の姿はなく…
生温い風に揺れる葉音だけが、まるで俺のざわつく胸中を体現するかのように、カサカサと音を立てた。
「夢、だった…のか…」
だってアイツはもう…
それに仮に潤が生きてたとして…、そんなこと万に一つもないことだけど、偶然にでもこんなトコで会う筈がない。
逃げてきたんだから…
潤との想い出が残るあの町から…、全ての過去から俺は逃げ出して来たのに…
なのにどうして今更…?
幻だったとしても、どうかしてる…
「そう言えば…」
俺は思い出したように、すっかり静かになってしまったスマホを袂から取り出した。
画面には、翔からの着信を知らせる通知だけが光っていたが、俺は電話をかけ直すことはしないまま、スマホを再び袂へ落とした。
途中で逸れてしまったニノのことが気になっていた。