第25章 End of Sorrow…
きっかけは些細な事だった。
いや、“手違い”と言った方が正しいのかもしれないな…
ただ、それが智の心の扉を開くきっかけになるなんて…思ってもなかった。
たまたま仕事を持ち帰った俺は、元々一人暮らしには広過ぎるダイニングテーブルを陣取り、PCを開いた。
近藤の家に居候してからというもの、どんなに忙しくても、どんなに遅くなっても、仕事を持ち帰ることはしなかった。
仕事に没頭すると、周りで何が起きていても、全くと言っていい程意識がそちらに向かないからだ。
尤も、仕事だけに集中出来る環境ならば、それでもいい。
でも近藤さんの家ではそうはいかない。
PCの画面を見ながらも、俺の意識はどうしても智に向いてしまう。
当然、仕事なんて手に着く筈もなく…
「俺の書斎使うか?」
思わず溜息を漏らした俺を見るに見兼ねてか、近藤さんが声をかけてくれたが、俺はその申し出を丁重に断った。
どんな状況であっても、智の傍を離れたくなかった。
智がそこにいさえすれば、それだけで心から安心できたし、例え仕事が捗らなかったとしても、それはそれで良かった。
俺は常に視界の端に智を捉えながら、PCに保存されている音楽ファイルを開いた。
智が姿を消した直後に入店した新人ダンサーが近々デビューすることが決まり、普段ならあまりしないことだが、そのデビューステージで使用する曲のセレクトを、新人ダンサー自ら依頼してきたからだ。
俺はいくつもあるファイルを上から順に開いては、使えそうな曲を何曲かピックアップしていった。
最初っからヘッドフォンでもしておけば良かった…んだよな…
まさかタイトル不明のファイルを開いた瞬間、あの曲が流れ出すなんて…予想もしていなかった。
いや、そもそも俺自身封印した筈のあの曲が、PCの中に保存されていることすら知らなかった。
おそらくは雅紀が記録用として保存したんだろうな…
俺以外に、このPCのパスワードを知っているのは、雅紀しかいないから…
ただ、そうならそうと、何故言ってくれなかったのか…
そうすれば、こんな些細なミスが最悪の事態を招くことはなかったのに…