第23章 Moving on…
雑多に物が溢れる支配人室に、場違いな赤い絨毯が敷かれ、場違いな豪奢な一人掛けの椅子が運び込まれる。
そして全ての準備が整ったところで、仰々しくも貴族様のご登場だ。
これと言った挨拶もなく椅子に腰を下ろした貴族探偵の元に、山本さんが恭しく紅茶で満たしたカップを運んでくる。
貴族探偵は受け取ったカップを鼻の傍まで持ち上げると、紅茶の香りを一嗅ぎしてから漸く、
「山本、あの方をこちらへ」
そう言ってブーツを履いた長い足を組みかえた。
「あの方、と言うのは?」
会わせたい人がいると言っていたが、それが誰なのかは聞いていない。
「そうですね、ヒントを差し上げましょう」
ヒント…だと?
こっちは悠長にクイズを楽しんでる暇なんてないのに?
心の中で毒づいてはみるが、口にすることはしない。
見た目が少々胡散臭かろうが時代錯誤だろうが、今はこの男に頼るしかないことは、この俺だって重々承知している。
何より、この男の持ってくる情報は確かだから。
「もしかしたら、櫻井さんはご存知の方かもしれませんね」
「俺が…ですか?」
「ご存知…、と言うよりは、“顔見知り”と言った方が正しいのかも知れませんがね?」
ますます分かんねぇ…
頻りに首を傾げる俺に、「会えば分かりますよ」と貴族探偵が含み笑いを浮かべる。
その時、山本さんにに促され、長身…とまではいかないが、スラリとした体躯に、高級ブランドのジャケットをさり気なく羽織っただけの、中年の男性が支配人室に足を踏み入れた。
俺はその男の顔を見た瞬間、
「あっ…、あなたは…」
思わず声を上げた。
貴族探偵が言った通り、その顔には見覚えがあったからだ。
尤も、親父の会社のパーティで何度か顔を合わせただけで、特別会話を交わした記憶もなければ、面と向かって対峙するのも初めてのことで…
正に“顔見知り”といった言葉がしっくり当て嵌る程度だ。
「久し振り…と言っていいのか分からないが、君とはあの日以来…かな?」
近藤が言う“あの日”と言うのは、恐らく劇場がリニューアルオープンを迎えた日のことだろう。
俺は差し出された男の右手をギュッと握り返した。