第22章 Not Believe…
智が拳を振り上げる。
「ひっ…!」
狂気を孕んだ智の形相に、オーナーが椅子ごと床に倒れた。
それでも智の怒りは収まることなく、床に這いつくばるオーナーに馬乗りになると、掴んだ胸倉はそのままに、再び腕を振り上げた。
「智っ…、やめて…っ!」
適うわけないと知りつつも、止めに入ろうとしたその時、
「やめないか、智…」
それまで沈黙を貫いていた近藤が、俺よりも数倍は逞しいだろう腕で智をオーナーから引き剥がした。
「離せっ…、離せってば…」
近藤の腕の中で尚も息を荒くする智を見ていられなくて、俺は思わず顔を背けた。
でも、
「ニノ君、例のモノを…」
近藤に言われて我に返った俺は、一纏めにはしたものの、処分することすら出来なかった薬の袋を近藤に差し出した。
「やはりな…」
近藤は俺の手から受け取った袋を覗くと、腕の中で正気を失くした智の顔を見下ろした。
そして、
「馬鹿な子だ…」
智の頬を撫でながら呟き、悲しく微笑んだ。
「お、おい…、一体何がどうなってるんだ…。俺の知ってる智は…」
目の当たりにした光景が信じられないとばかりに、オーナーはキッチリと固められた髪を掻き、首を横に振った。
そりゃそうだよね…、俺だって未だにこの状況が夢であって欲しいと願ってるんだから…
オーナーが困惑するのも無理はない。
「説明してくれ…」
戸惑いと恐怖に揺れる目が俺を見上げる。
「それ…は…」
「俺が話そう。君は智を…」
口篭る俺を見兼ねたのか、近藤が俺の肩を叩いた。
見れば、近藤の腕の中で智はグッタリとしていて…
俺は智を抱き抱えるようにして、もう一つ残っていたダイニングチェアに座らせた。
「ニノ…?」
さっきまでの狂気とは一転、小さな子供がするような仕草で俺のシャツの裾を掴んだ。
怯えてるの…かな…、その手は小刻みに震えていて…
俺は床に両膝を着くと、
「大丈夫だから…。何も心配しなくていいから…、ね?」
智の手を握り、暴れたせいでボサボサになった智の髪を指で梳いた。
「ふふ、擽ったいよ…」
「そうだね、智は擽ったがりだもんね?」
その時一瞬見せた笑顔は、俺達が出会った頃の…、そのままの笑顔だった。