第21章 Fade away…
どこかで…、意識の遥か遠くの方で、誰かの話し声がする。
そして乱暴に身体を揺さぶられた瞬間、ハッとして瞼を開けた俺の視界に飛び込んで来たのは、
「会いたかった…。ずっと…」
紛れもない翔の姿で…
俺はキスを強請るように首に片腕を絡め、もう一方の手で翔の首に巻き付いたネクタイを緩めた。
「智…? ねぇ、智ってば…」
俺の名を呼ぶ声は、聞き覚えこそあるものの、明らかに翔の物ではないのに…
頭では分かっているつもりだったのに…
「翔…、翔…っ…」
目に映る全ては幻に過ぎないって…、ちゃんと分かってる筈なのに、その名を呼ばずにはいられなかった。
でも、次の瞬間頬に感じた鋭い痛みに、俺は一瞬にして現実へと引き戻された。
「ニノ…?」
俺の腕が抱いていたのは翔ではなく、だらしなく緩められたネクタイだって…、翔の物ではなかった。
そしてその傍らには、驚い多様に目を丸くする光の姿があった。
「ごめ…、どうかしてた…」
咄嗟に腕を解いた俺は、光によって鍵の開けられたドアを開くと、一目散にベッドへと飛び込んだ。
ニノを翔と間違えるなんて…
本当にどうかしてる…。
俺は枕に頬を埋めると、目の前で開いた自分の手を見つめた。
そして指を一本一本折りながら、その数を数えた。
アレが…あの薬が見せた幻覚だってことは分かっていた。
でも確かめずにはいられなかったんだ。
「あの…、お疲れ…ですよね?」
俺の様子を窺うような光の声に、俺は首だけを動かして振り返った。
「な…に…?」
「あの、実は今日指名が入ってまして…」
「誰から…?」
「上島様からなんですけど…、気分転換が優れないようでしたら、俺からオーナーに断りを入れておきますけど…」
「上島…? 誰だよ、ソイツ…」
その名前には確かに聞き覚えがあった。
でも、名前だけじゃ、誰が上島なんだか分からなくて…
「あの…、智さんに酷いことをする…、あの方です」
言われて漸く気付く。
「インポ野郎のことか…。だったら受けて貰って構わないぜ?」
丁度例のアレも底をついたことだし、またアイツのポケットからくすねればいいさ…
きっと思考までがおかしくなっていたんだと思う。
いけないことと知りながら、深みに嵌っていく自分を、俺は止められなくなっていた。