第21章 Fade away…
俺はそっと近藤の腕から抜け出すと、ヒンヤリと冷たいベッドに身体を潜らせた。
「もう寝る…」
眠れないことなんて分かってた。
でもそれ以上近藤の話を聞くのが怖かった。
一度ならず二度も諦めた筈のダンスへの情熱を、再び呼び起こされたくなくて…
「智…、もう一度聞くよ? 君は本当にあの場所に戻りたくはないのかい?」
俺は近藤の声に耳を塞いだ。
尤も、左耳を枕に深く埋めてしまったら、聞こえて来るのは微かで…
こんなに近くにいるのに、近藤がとても遠くに感じられた。
俺は答えることなく、糊のきいたシーツがかかった布団を頭からスッポリと被ると、身体を小さく丸めた。
それから暫くの間そうしていると、布団越しに俺の肩を叩き、近藤がもう一つのベッドに入ったのが気配で分かった。
どうして近藤が俺にそんな話をしたのか…
どうして俺をあの場所に連れて行ったのか…
全ては俺に、もう一度ダンスの道を歩かせるため。
でももう遅いんだ。
俺はもうとっくに抜け出せない所まで来てしまったから…
まんじりとも出来すに朝を迎えた俺を、近藤はホテル内の食堂へと誘った。
正直、食欲なんてなかった。
寧ろ、食いもんを見るのも嫌だった。
でも食わなきゃ近藤が心配する。
俺は白飯を味噌汁にぶっ込んで、無理矢理胃袋へと流し込んだ。
そしてトイレに立つフリをして、全部吐き出した。
そんな俺を、こんどは一切怪しむことなく車に乗せ、ニノと暮らすマンションまで送り届けてくれた。
「昨夜はみっともない姿を見せてしまって済まなかったね」
今は亡き弟を思って涙したことを言っているんだろか…
別れ際、近藤が俺に詫びた。
勿論俺は、近藤の涙する姿をみっともないと思ってもいなかったし、寧ろ綺麗な涙だとさえ思った。
だから、
「また…会ってくれるかい?」
そう聞かれた時も、近藤の誘いを断ることが出来なかった。
尤も…、それを決めるのは俺じゃなくて、俺の飼い主である潤なんだけど…
「アンタが俺を指名してくれたら会えるさ…」
俺は運転席の窓から顔を出した近藤にそれだけを告げると、足早にマンションのエントランスを抜けた。
手が…、自分の意志に反して震えていた。