第20章 Omen…
パッと明るくなった寝室は、散らかったダイニングとは別世界…、いつもと変わらない風景を保っていて…
俺は思わずホッと胸を撫で下ろした。
「なんだ…、起きてたなら返事してくれれば良かったのに…」
開け放った窓辺に立ち、流れる雲の合間に見える月を見上げる智の右耳に話しかける。
「智…?」
やっぱり近藤の言う通り、右耳は聞こえていないのか、智は俺の声に反応することすらなくて…
俺は今にも泣き出してしまいそうな気持ちを堪えて、すっかり冷え切った肩を抱いた。
「あ…、ニノ…。いつ…?」
振り返った智の顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「今さっきね…。智は何してたの?」
「月を…見てた…」
「月? どうして…?」
俺は言いながら、智の横顔を見つめる。
元々女性的で綺麗な顔立ちだけど、月明かりに照らされることで、その妖しいまでの美しさが際立って見える。
「なんか…さ…、月が欠けて行く度に、俺の心も欠けて行くような気がしてさ…」
「どういう…意味?」
智の言ってる意味が分からなくて、横顔を覗き込んだ俺に、智が今度は哀しい笑顔を向ける。
どうして…?
どうしてそんな顔をするの?
智のそんな顔…、見たくないよ…
「ねぇ…、寒くなってきたから中入ろ?」
俺は大袈裟に身体を震わせて見せた。
その時、
「おい、お前その顔…」
「えっ…、あ…、これ…? これはその…」
「まさか客に…? だったら潤に…」
自分が殴ったことを忘れているのか、智の顔が険しく歪む。
そしてポケットからスマホを取り出すと、恐らくはオーナーに電話をかけるためだろう、指が液晶の上を滑った。
でも俺はその手を止めると、
「違うから…。出がけに玄関ですっ転んだだけだから…」
今日何度目かの言い訳をした。
オーナーに知られでもしたら、それこそ適当な言い訳なんて出来なくなる。
それに、智に殴られた…、なんてとても言えない。
「大丈夫…なのか? 冷やした方が…」
「うん、大丈夫。後でちゃんと冷やすから…。それよりさ、俺キッチン片付けないと…」
「キッチン…? 何で…?」
智は訝しむように首を傾げると、開かれたままのドアから見える向こうの景色に目を向けた。