第20章 Omen…
「それが不思議なんですよね…、特別咎められた様子もないし、普通にしてるっていうか…。ただ、風磨の運転手をしてる圭人によれば、風磨が使っていた携帯の番号が変わったみたいですけど…」
「そっか…。教えてくれてありがとな。また何か分かったら教えてよ。あ、それと…」
俺は何とか近藤と会えるよう、薮に段取りを頼み、電話を切った。
それにしても…
翔さん、まだ智のこと諦めてなかったんだね…
そりゃそうか…
翔さんは誰よりも智のことを大切にしていた。
なのに突然理由も言わず姿を消したら、心配するのは当然だもんね…
でも良かった…
今でも翔さんが変わらず智のことを思っていてくれて…
まだその探偵を雇ったのが翔さんと決まったわけじゃないけど…、不確実な噂でしかないけど、それでもほんの少し見えた希望に、俺の胸は期待に膨らんだ。
智とオーナーとの間に何があったのか…、詳しいことは知らない。
ただ、明らかに利害関係の上に成り立ってる関係なんて、俺には理解できないし、たとえそこに愛情があったとしたって、俺は認めることは出来ない。
飼い犬同然に扱われる智を、これ以上見ていたくない。
でもあの人なら…
翔さんなら…、智をこの状況から連れ出してくれるかもしれない。
もしそれが出来るなら、俺なんてどうなったっていい。
その日、智が帰宅したのは、深夜を過ぎてからだった。
「おかえり。疲れたでしょ? ご飯は?」
よっぽど疲れているのか、それともセックスの後の気怠さが抜け切っていないのか、ふらつく身体を支えた俺を、智は振り返ることなく寝室に入った。
昼間あれだけ饒舌に語っていた口は、声を発することなく固く結ばれている。
それにいつもなら、身体にこべりついた男達の匂いを消すために、真っ先にバスルームに駆け込むのに…
「智、風呂は? 湯、貯めてあるよ?」
明かりの消えた部屋に問いかけても、智からの返事はない。
「智、もう寝てるの?」
着替えもせずに?
俺はそっとベッドの端に腰を下ろすと、結ぶことなく首に引っ掛けられただけのネクタイを引き抜いた。
そしてジャケットに手をかけた時、普段智が気に入って付けている香水とは違う、独特な匂いが俺の鼻先を掠めた。