第17章 Betrayal…
しんと静まり返った部屋に、ノックの音が響いて、俺は開場の時間が迫っていることに気付いた。
それは雅紀も同様で…
「行かなきゃ…ね…」
副支配人の役職上、俺の代わりに雅紀が劇場の管理をすることは、少なくはない。
演出上の機材や、大小の道具の点検、ダンサー達の手配確認なんかもその中に含まれる。
余程信頼出来る相手じゃない限り、任せられる仕事じゃない。
雅紀はノロノロとした動作でソファーから腰を上げると、自分を鼓舞するためか、両頬を手のひらで叩いた。
「じゃ俺先行くね…」
眉尻を下げ、今にも泣き出しそうな顔に無理矢理笑顔を作り、ドアノブに手をかけた雅紀の肩が小刻みに震える。
それ程、ニノのことを…
だとしたら、俺の頭に今浮かんでいる“仮定”は口にしない方が良いだろう…
これ以上、雅紀を苦しめる必要はない…
そして俺もこれ以上苦しむ必要はない…
なのに…
「なあ、雅紀…」
「ん、何…?」
振り向いた雅紀の泣き顔を見た瞬間、そんな考えは見事に消え失せた。
「もし…だ…、ニノも智も、最初っからそのつもりだったんじゃねぇか…、と思ってな…」
「それ…、どう言う意味?」
「いや、あくまで俺の想像なんだが…、二人が示し合わせてた…、とは考えられねぇか?」
「ば、バカな…! あの二人に限ってそんなこと…」
普段は、調子に乗って羽目を外すことはあっても、決して取り乱したり、声を荒らげたりしない雅紀が、珍しく負の感情を露わにする。
でも、俺の口は止まることはなく…
「大体、タイミング良すぎじゃね? ニノが、その…茂子さんだっけ?の店から行方晦ましたのと、智が出てったの…ほぼ同時だろ? 俺らの知らない所で、二人が連絡取り合ってた…って考えるのが普通じゃね?」
面白いくらい饒舌に動いた。
「何…言ってんの…?」
「だからさ…、俺ら騙されたんだよ…」
そうじゃなきゃ、こんなこと説明の付けようがない。
自分の気持ちに折り合いを付けかけた、その時…
「ふざけんな…っ!」
雅紀の涙に濡れた拳が、鈍い痛みと共に俺の左頬を掠めた。