第9章 For You…
健永に介助されながら、楽屋から舞台袖へと続く階段を降りて行く。
ウィッグを含めると、30キロ近くはある衣装を纏っての移動は、それだけで体力を奪う。
こんなことなら、翔みたくもっと筋肉付けときゃ良かった…
諦めと、僅かな自分への失望に溜め息を落とした、丁度その時、やっとの思いで階段を降りた俺を、感嘆を思わせる溜め息と、客席に聞こえない程度の拍手が出迎えた。
「めちゃくちゃ綺麗ですよ、智さん」
スタッフ連中に混じって俺に声を掛けて来たのは、最近になってダンサーとして入店したばかりの涼介だ。
一見女と見間違えるくらい、可愛らしい顔立ちをしているが、ダンスは中々の腕前で、まだステージには立っていないが、すぐに涼介目当てのファンが付くことは、俺にだって容易に想像出来る。
こりゃうかうかしてらんねぇな…
「智さん、こちらへ。足元、気を付けて下さいね」
「お、おぅ…」
健永の手を離れ、スタッフに手を引かれ舞台下へと進む。
そしてステージと同様の板を貼った丸い台に立たされた俺は、そこから見える、まだ灯されてもいないスポットライトを見上げ、大きく息を吸い込んだ。
今回のリニューアルオープンで、翔が最も力を入れていたのが、今までは無かった“奈落”だ。
翔がどれ程の思いで、この設備に多額の資金を投じたのか…、俺はすぐ側で見てきたから良く知っている。
だからこそ失敗は許されない。
胸いっぱいに吸い込んだ息を、全て吐き出し俺は濃いメイクを施した瞼を閉じた。
「イントロ始まって、十秒後に上がりますんで…」
「分かった。カウント頼むわ」
「了解!」
まるでその声が合図だったかのように開演を知らせるブザーが鳴り、それまで騒然としていた現場の空気が、一気に緊張に包まれる。
そして流れ出した和楽器が奏でるメロディーと、スタッフのカウント。
いよいよだ…
俺はボルテージを一気に上げた。