第6章 天才と数学のテストではない
寒風が教室の窓をギシギシ言わせる日、桃浜は学校を休んだ。風邪を引いたのだと担任がみんなに告げた。
そう言えば、最近風邪で欠席するやつが多い気がする。
オレはあまり風邪を引くことはない。
というか、風邪を引いた記憶が今まで一度もない。
「風邪ってなあ、つらいんだぞ。すごーく心細くって、このまま死ぬんじゃないか〜なんて気分になるんだよ」
と、赤坂はオレに言って聞かせた。
桃浜も今ごろ、心細くて、死にそうにつらいんだろうか。
そんなことを考えていたら、授業開始のチャイムが鳴った。数学の時間だ。
この数学教師はいつも授業の始まりに、ほんの軽いテストをする。
公式を覚えてさえいればすぐに解けるような問題を1,2問。
オレも、もちろん桃浜も、このテストで答えを間違えたことなんかない。
ただ桃浜は「何秒で解けた?」と聞いてくる。特に席が隣になってからは必ず聞いてくる。
だからオレは、今までは付けていなかった腕時計を学校に付けてくるようになった。父親のお下がりでもらったものだ。
時計の良し悪しなんてよくわからないのだが、オレが初めて腕時計を付けて来た日、桃浜は「その時計、結構いいやつでしょ」と言ってきた。
「私のは、3年も前にセールで買ったやつ…」
そうも言った。
時計の値段まで張り合うのかよ、とオレは思った。
値段はともかく、桃浜がいつも左手に付けている腕時計は、薄いピンクの革ベルトとゴールドの金具で、桃浜っぽくていいんじゃないかと思った。
言いはしなかったけど、そう思ったのだ。