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天才のオレに惚れなさい

第3章 天才と球技大会



 野球グラウンドから体育倉庫に行くまでは、少しだけ道に段差がある。
 バットを抱えているせいで足元が見えなかったのだろうか、桃浜は段差で足を踏み外し、ヨロケた。

「キャッ…」
「あぶない!」

 バットが音を立てて地面に落下する。
 オレはとっさにボールバケツを放り出し、桃浜に手を伸ばした。
 足元に野球ボールがゴロンゴロンと散乱する。

 突然のことで焦ったから、力いっぱい抱き寄せてしまった。
 驚くほど軽い桃浜の体は、簡単のオレの胸の中におさまった。

 柔らかい。

 桃浜の汗の香りがほんの少し、オレの鼻をかすめた。
 その香りが何だか印象的で、オレは桃浜の体を離すのを忘れてしまった。

 何秒くらい、そのままだったんだろう。
 オレにはわからない。

「あ…」
 桃浜の口から声がこぼれた。
「伊豆くん…」

 その言葉で我にかえって、オレは手を広げた。
 桃浜がスルリとオレの体から逃れていく。
 あたたかな彼女の体温も離れてしまって、夕暮れ時の風が肌寒く感じた。

「あは…ありがとう。やだもう恥ずかしい、こんなところで転ぶなんて」
 照れ隠しなのだろうか、桃浜は少し顔を赤くしてクスクス笑い、バットを拾い直した。
 Tシャツの上からでもわかる彼女の豊かな胸が、固いバットを押しつけられて形を変えていた。

 ヒラリ、とオレに背を向けて、桃浜は体育倉庫に向かっていった。

 オレは両手に残る桃浜の柔らかさと軽さと温かさとを反芻しながら、遠ざかる彼女の背中をしばらく眺めていた。
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