第2章 正妻と愛人の密約
現役最後の試合となった昨シーズンの全日本選手権で勇利と再会した純は、そこで勇利の昔から変わらぬ信念と、本来の実力に加えヴィクトルによって更に引き出された能力の高さに改めて舌を巻くと同時に、彼の覚悟の程を目の当たりにした。
そして、そんな勇利からの願いもあり、寸前でスケートから完全に引退するのを思い止まった純は、「ヴィクトルと同じ氷の上で闘い、表彰台の1番高い所から彼を見下ろす」という勇利の夢に、協力する事を決めた。
しかし、ひょんな事からヴィクトルとも知己の関係になった純は、勇利を通じて一緒に過ごす内に、それまで知らなかった「リビングレジェント」と呼ばれる彼の内面や、誰もが羨む地位や名声を手に入れた裏で、自分や勇利とは比べ物にならぬ程の孤独や焦燥感に囚われていた事を知ったのだ。
「俺さ、取っ組み合いの喧嘩なんてしたの、お前が初めてだったんだ。子供の頃は、ヤコフに出会うまでは日々の暮らしで精一杯だったし、スケートのチームに入ってからも、陰でちょっとした嫌がらせはあったけど、全力でぶつかり合うようなヤツはいなかったしね」
「…当時のロシアは、色々とキツかったやろなあ」
「でも、それがあってこそ俺は今幸せだから」
全日本終了後、勇利と共に長谷津で年越しをしていた純は、突如そこへユーリを道連れに強硬来日してきたヴィクトルと、初対面の夜に喧嘩をした。
『スケート界のリビングレジェンドと、真夜中の露天風呂で全裸で取っ組み合い』という何ともシュールな体験をした純は、それを通じてヴィクトルの勇利に対する想いの強さを、嫌というほど理解したのだ。
勇利が昔からヴィクトルしか見ていないのは知っていたが、そんな勇利と同じ位、ヴィクトルもまた勇利を求めていた事に、純は正直驚いた。
スケーターとして、1人の人間として、そして男としての勇利を、ヴィクトルは魂の底から愛している。
そんな2人の想いと絆の強さと、決して甘くはない今後の競技者としての茨の道を承知で突き進む事を選んだ彼らに、元来のお人好しかスケーターその他として惚れた弱みか、純は手を貸したくなったのである。