第3章 銀盤の王と漆黒の王子
終盤の隠し切れない疲労の中でも、勇利はヴィクトルの跡を辿るようにリンクを滑り続ける。
(さっきのサルコウはユリオ、そして、このスケーティングは純…僕は、ひとりじゃなかった。皆との繋がりや想いが、僕を強くしてくれたんだ。そして…)
「さあ、勝生選手最後のジャンプは…決まった!見事な4F!」
(このジャンプは、僕にスケートの全てを教えてくれたヴィクトル、貴方に!)
軽やかに氷上を飛んだ勇利に、ヴィクトルは溢れる涙を堪え切れず頬を濡らし続けていた。
しかし涙でぼやけた視界の先で、フィニッシュポーズをとりながら真っ直ぐこちらを見ている勇利の姿に気付くと、これまで対戦続きで中々出来ずにいた『勇利のコーチ』として、リンクサイドで両手を広げながら彼を迎えた。
胸に下がった銀色のメダルをじっと見つめているヴィクトルに、表彰台の一番高い所に立つ勇利は、ためらいがちに声をかける。
「…ヴィクトル」
「ん?どうしたの?勇利はこの俺を倒して、最終対決も制したんだろ?もっと胸張らなきゃ」
思いの外にこやかな笑顔で返され、勇利は僅かに目を丸くさせた。
「俺はいいんだ。だって、『銀盤の王は、銀メダル』だから」
「何それ」
「俺が決めたの。…勇利、有難う。今だから言うけど俺、このシーズンを迎えるのが正直不安でたまらなかったんだ。だけど、勇利はそんな俺に応えてくれた。俺の、俺達の選択が間違っていなかった事を、お前が最高の形で証明してくれたんだ」
勇利に向き直ったヴィクトルは、両手で勇利のそれを取ると再び溢れてきた涙もそのままに、声を震わせながら続ける。
「勿論負けたのは悔しいけど、それと同じ位嬉しいし楽しかったんだ。勇利に出会わなかったら、勇利と過ごしてなかったら、きっと俺はこんな良い気持ちで競技を終えるなんて、出来なかった」
「…!」
「本当に有難う。俺にスケートが大好きな事を思い出させてくれて。俺と全力で最高の勝負をしてくれて。俺の想いに応えてくれて…それから、それから…っ…」
「ヴィクトル…ヴィクトルっ!」
後はお互い言葉にならず、表彰台の反対側からクリスが宥めるのも構わず号泣しながら2人は抱き合う。
そんな2人を遠くに見つめながら、いつしか純も、ユーリから彼のハンカチを渡されながら泣き声を漏らしていた。