第3章 銀盤の王と漆黒の王子
滑走を終えたヴィクトルとすれ違うように、勇利がリンクに入る。
FSでのくじ引きの結果最終滑走者となった勇利は、リンクに残るヴィクトルのスケートの痕跡を、そっと目で辿っていた。
(これまでヴィクトルの辿ってきた道を、幼い僕はただ憧れだけで追い続けていた)
リンクの中央で一度深呼吸をすると、勇利は演技開始の姿勢を取る。
(でも、いつしか貴方は僕の隣に並んでいた。一緒に辿って、時には喧嘩もして…だけど、貴方と共に歩み始めてから僕のスケート人生は、本当に楽しくてワクワクする事ばかりなんだ。そして、これからも…)
冒頭の4Tを難なく決めた勇利は、熱い心とは正反対な冷静な頭の中で、リンクサイドで自分を見守っているだろうヴィクトルに想いを馳せた。
ほぼ完璧と言って良い程の技を披露するリンクの勇利に、いつしかヴィクトルの瞳には涙が溢れ返っていた。
「ああ、綺麗だ勇利。本当に綺麗」
口中での仄かな呟きを零すヴィクトルに、傍らにいたヤコフが低い声で語りかけてきた。
「ワシは…お前に文字通りスケートの事しか教えてやれなんだな」
心なしか穏やかな鬼コーチの声に、ヴィクトルは片手で涙を拭うとヤコフを見る。
「そんな事ないよ。もしも子供だった俺をヤコフが見つけてくれなかったら、きっと俺は当時のロシアで、明日の生活もままならない暮らしを続けていただろうし」
口元に笑みを浮かべる長年の愛弟子に、ヤコフは咳払いをすると言葉を続けた。
「仮にもコーチなら、もう少しましな指導をしろ。相手がカツキだからどうにかなっているだけで、お前の指導は気紛れが過ぎて、生徒を無駄に振り回している」
「え?」
「今後は、ワシがコーチの何たるかをお前に叩き込むからな。せいぜい覚悟しておけ」
「別に俺、勇利以外のコーチをやる気は今の所ないんだけど」
「カツキが現役でいる限りは、お前はコーチだろうがバカ者!」
「…うん、有難うヤコフ。これからも又、色々教えてね」
久々に落ちたカミナリに、ヴィクトルは一瞬目を丸くさせた後で愉快そうに笑った。
リンクサイドで勇利の演技を感慨深げに純が見守っていると、ふと隣で鼻を啜る音が聞こえてきた。
「どないしたんや?」
「すっげぇ悔しい。カツ丼やジジイ達がこんなクソヤバイくらい燃える優勝争いしてんのに…俺は、その中に入れなかった…」
