第3章 銀盤の王と漆黒の王子
愕然と落ち込む勇利に、純は「安心し。1時間でも勇利が休憩しとったら、僕は絶対勝てへんかった」と種明かしをした後で、スケートの大切さを説いたのだ。
「昔、アイスダンスのコーチが『綺麗なコンパルが出来てる人は、リンクにつく跡が全然違う』て言うてはったの、覚えてる?ジャンプもスピンもステップも勿論大事な得点源やけど、それも全ては美しいスケーティングあってこそや」
言いながらタブレットを取り出すと、投稿動画サイトから勇利の一番好きなヴィクトルのJr時代のプロと最近のプロの両方を見比べた。
「デコの滑った跡、見てみ。ホンマむかつくけど綺麗なスケーティングやなあ。試合自体は当時のジャンプ得意な選手が勝っとったけど、デコのスケーティングの精密さと美しさは、昔からちっとも変わってへん。例えば勇利ならステップみたいに、選手それぞれ得意分野があるけど…中でもヴィクトルは、すべての長所を兼ね備えたスケーターや。そんなヴィクトル相手に、半端なスケートしとったら…『愛人』の僕でも怒るで?」
「…」
暫くタブレットを食い入るように見つめていた勇利は、自分のスマホからヴィクトルに電話をかけると、ある頼み事をする。
そして再度純に向き直ると、
「純、有難う!」
「初心、忘れるべからずやな」
右頬に笑窪を作りながら返事をする友人を抱き締めた。
「驚いたよ。いきなり電話してきて何を話すのかと思いきや『今からコンパルの動画送って!』だもん。まともにコンパルやるのなんて随分久しぶりだったから、流石の俺も気合入っちゃったよ」
「それでも律儀に付き合ったんだ」
「俺、勇利のコーチだよ。勇利が強くなる為にできる事なら、何だってしてやりたい。実際、この間の大会で見事金メダル取ってくれたし」
「…すっかりコーチが板についちゃったね」
「まだまだ。お前にも勇利にも勝ちを譲る気はないよ♪」
口調とは裏腹にヴィクトルの心底嬉しそうな横顔を見て、クリスは伏し目がちに手の中のグラスを傾ける。
「でも、お蔭で俺もスケートの大切さを思い出させて貰ったよ。…発案者がアイツってのが気に食わないけど」
「純の事?」
「俺の身体が2つあったら、あんな奴絶対勇利に寄せ付けないのに!」
「でもそれ、多分2人の君で勇利を奪い合うだけになると思うよ」
喚くヴィクトルに、クリスは冷静に呟いた。
