第3章 銀盤の王と漆黒の王子
ヨーロッパで開催された世界選手権は、先月の大規模な大会の後という事もあり多少の欠場選手はいたものの、日本の勝生勇利とロシアのヴィクトル・ニキフォロフによる文字通り今シーズン最後の師弟対決の行方に、関係者もファンも彼らの一挙一動に注目していた。
ヴィクトルによって会場に招かれていた純は、2人の対決の行方を見届ける為に、リンクの彼らに集中する。
まさに互いの持てる力のすべてをさらけ出した、実力派同士の氷上での戦いぶりは、順位関係なく素晴らしいものであると純は思った。
SPを終了したところで首位はヴィクトル、すぐ後ろには勇利、そして長年の親友であるクリスと続いていた。
「この間以上にワクワクする試合だよ。可愛い弟子だろうが親友だろうが、負けるつもりはないから。優勝したければ俺を倒すんだ!ってね♪」
「ヴィクトルはああ言ってますけど、僕は必ず勝ちますから」
「おっと。お2人さん、俺の事も忘れないでね♪FSも目一杯楽しむよ」
やけにアットホームなスモールメダル授与式と会見の後、純は、クリスと食事に行くというヴィクトルと別れた勇利と会い、客席の一角に腰を下ろした。
「点差は僅かや。FSできっちり逆転したり」
「うん。だけど僕、それ以上にとてもスケートが楽しいんだ。そして…ヴィクトルのスケートは本当に素晴らしいと思う」
「惚気なら堪忍やで?」
「違うよ。この間の大会前に、ちょっとだけスランプだった僕に純が言ってたでしょ?『ヴィクトルは色んなスケーターの長所のすべてを持ってる』って。そんな最高のヴィクトルと戦える事が、凄く嬉しい」
四大陸で些細なミスから優勝を逃した勇利は、その後の大規模な大会を前に長谷津で調整を続けていたが、様々な事情から直接ヴィクトルの指導を受けられずにいたのもあり、密かに焦りを感じ始めていた。
そのような中、勇利の様子を見に長谷津に訪れた純は、傍目には判り辛い勇利の不調を見抜き、「今の勇利にやったら、僕余裕で勝てるで」とわざと挑発紛いにリンクでのコンパルソリー対決を申し込んだのである。
確かにスケーティングとエッジワークは現役時代から評価の高かった純だが、それでも競技者としては格下で、引退した彼に負ける筈がない勇利だったが、何と結果は純の勝ちであった。