第1章 駆ける兎の話
枸杞の実ののったお粥を吹きながら聞くと、狼娘はにやりと笑って家鴨の玉子を頬張った。
「会ったとも。あいつ、どうしたんだ?」
「どうしたって何が?」
また泣いていたのかと思って、背中がピリッとした。
「何がも何も、生まれたばかりの鹿みたように、がくがくしながら蓮を摘んでいたぞ。女官が真っ青になって止めていたが、なかなかの見物だったな」
匙を繰る手が止まった。
知香が、花を摘んでいた?
父母共に香国皇室の直系の知香は、土に触れるどころか土から生じたものを手折るのも許されない。それは天子の血を継ぐ者のする事ではないからだ。
天子は与えるが、奪わない。
昨日の知香を思い出す。
知香は本気なんだ。変わろうとしているし、変えようと思っている。
「お前に贈る気だろう。お前が私にしてくれたようにな」
狼娘は拗ねたように鼻を鳴らして頭の後ろで手を組み、椅子の背に寄りかかった。きっと知香からも蓮を貰いたかったんだろうと思う。でもあの夜、知香はそれどころではなかったから…。
「私が居ない間に随分睦まじくなったな。本当に一体どうしたんだ」
「色々あったの」
上手く全部は説明出来ない。沈梅が言っていた、降れば土砂降りというのがぴったり来る気がする。
「何だ意味ありげに。クソ、離宮するのが少し早かったな」
不貞腐れた狼娘が全然変わりなくて、嬉しくなった。海月の沈梅も沈梅のままだ。何だか肩から力が抜ける。
狼娘が狼娘のままであるように、沈梅が何ひとつ変わりないように、私も私のまま土へ行こう。美味しいものをいっぱい贈ってくれた、私の国へ。
ただひとつ、どんどん気になり出した事がある。
…私の相手は、どんな人だろう?
狼娘に月狼、沈梅に"遠縁の人"、遊華には幼い頃から決まった相手が居て、他にも既に相手が決まっている姉妹が居る。なら、今日国へ帰る私を迎えに…来ないで待っているのかも知れないけど、その人は、一体どんな人なのか。
どうせ知らない相手なんだし、土の男はむさ苦しいだろうから誰だって同じだと思っていたけれど。
月狼みたいに一緒に闘ってくれたり、"遠縁の人"のように共に考え合えたり、国の為、そして好きな相手を迎えに行く為に、何かを頑張ってくれたり、そういうところがある人ならいいなと今は思う。同じ道を、同じ場所を見て、手を繋いで歩いて行ける人ならいいな。
