第18章 水竜の娘の過去と始まり
コブラはふと言葉を切り立ち止まると、振り返って暁の首を掴む。その細い首に有り余るほどの大きな手は、じわじわと暁を苦しめていく。
『く、るし…』
「殺しゃしねえよ。お前は生け捕りって命令だからな。他の蓬莱は和華諸共消せって言われてる」
『…そんな…』
暁は信じられなかった。両親と和華を裏切った目の前にいる彼を…“初恋の人”を。
何を恨めばいいのか分からない。そもそも憎しみなど持ったことの無い純粋な少女にとって、この気持ちは耐え難いものだった。
「まあ俺もそこそこ楽しかったがな…余りにも平和ボケなもんだから、笑うのを耐えるのに必死だったな」
『………』
だんだん、意識が遠のいていく。涙が頬を伝うのを感じる。
しかし、たとえ意識が朦朧(もうろう)としていても、彼の最後に聞いた言葉を、暁はしっかりと耳に残していた。
「……悪ぃな」
『(…え…)』
その言葉を聞いたが最後、暁は気を失ってしまった。
コブラは力の抜けた暁の体を大事そうに抱えると、再び歩み始めた。
山を降りると海岸が見え、港には和華では見慣れない洋風の船が滞在していた。コブラの仲間の船である。
しかしコブラはそこに真っ直ぐ向かわず、少し離れた場所へ進んだ。
そこには古びた祠が鎮座していた。
手入れされた様子もなく、落ち葉と苔に覆われていて、そもそも祠なのかどうか危うく見える。コブラはその落ち葉をガサガサと掻き分け祠を露わにしていく。
すると苔に覆われた祠が姿を現した。その足元には大きな魔法陣が描かれている。
「…俺を恨んで憎め。俺なんか、お前に愛される人間じゃねえよ」
暁を名残惜しそうに抱え込みながら囁く。
青年は知っていたのだ。自分に好意を向けられている事を。
青年もまた少女に惹かれていた。最初こそ任務の為だと考えていたが、歳月がそれを変えてくれた。
しかし、自分は“悪”だ。相応しくないのは重々承知している。
_せめて、この先で愛される事を。
魔法陣の上に暁を置くと、魔法陣と祠が息を吹き返したかのように光り始めた。
「…じゃあな」
眩い閃光が走ると同時に、祠は力を失い崩れた。魔法陣も、もう二度と起動する事は無いだろう。
彼は静かに去って行った。