第3章 これからの事
『どうぞ』
「し、失礼します」
訪問者は百(もも)だった。夜も老けているこの時間帯に、幼い子供が起きているのは感心しないが…。
『どうしたの?百。もう寝ないと、お母様に怒られちゃうよ』
「いえ、その…」
百は顔を赤く染めながらもじもじとしている。その両腕には枕がしっかりと抱き込まれている。
『(もしかして…)百、一緒に寝たいの?』
「!…は、はい。その、一人では中々寝付けなくて」
『(やっぱり)』
今日起こった出来事はそうそう忘れられるものではない。巻き込まれた当事者なら尚更。一人でいると、今でもあの男に捕まっていた時の記憶が蘇ってくるのだろう。
『ほら、おいで百』
「〜っ、ありがとうございます!」
布団をめくって誘うと、百は嬉しそうに駆け寄って来る。どうやら私はすっかりこの子に懐かれてしまったらしい。
「あの、八雲様」
『ん?』
二人で布団に潜り込み、いざ寝ようとすると百から声をかけられた。
「八雲様に、その…御家族は居ないのですか?」
『…』
どう答えればよいだろう。突然、『異世界から来ました!』なんて言っても余計に混乱するだろうし。
かく言う私も、現状を理解できていない。この世界についての知識も全く無いのだ。
『…あのね、百』
心苦しいけれど、いずれまた話そう。その時が来るまで。
『私には、今までの記憶が無いの。百を助けに行った時までの記憶がね』
「そ、そうだったのですか…」
百はこちらを心配するような視線を向けてくる。
…あぁ、こんなに純粋な幼子に醜い嘘をついてしまうなんて…。
でも、しばらくはこの嘘をつく必要がある。これは必要な嘘…そう頭に割り切らせた。