第2章 出陣
英雄の夢を見た。
決して断らず、決して裏切らず、決して憎まず……全てを許した施しの英雄の夢を見た。
「……ター、……マスター、何故泣いている?」
「あれ、私……」
それは足元の砂を攫(さら)って引いていく波の様に。
先程まで鮮明に見えていたはずの夢が、目を覚ました瞬間朧げで曖昧な物へと変わり果てるのを感じた。
色素の薄い男は優雅な所作でしゃがみ込み、人差し指で優しく涙を掬い取る。その顔は相変わらずの無表情だったが、その瞳に心配の色が読み取れた。
「……どこか痛むのか?」
「いや、全然ダイジョブ。でもねランサー、そこは怖い夢でも見たのか…って聞くトコでしょ」
「そうなのか……なるほど勉強になった」
どこか世間ズレした受け答えをするのは私のサーヴァント……インド神話の大英雄、カルナ。彼に関する夢を見ていたというのは覚えてる。しかし私は一体、何に対して泣いていたと言うのだろうか。
「それより私が寝てる間、モニターはどうだったの?」
「30分ほど前に二度、大きな反応があった」
「ほんと?」
小さな冷蔵庫から冷えたコーラを取り出して喉の奥へ流し込む。シュワシュワと弾ける炭酸が寝起きの頭をさっぱりさせてくれる。今は見てた夢について考えている暇など無い。何しろ戦いの真っ最中なのだから。魔術師達の殺し合い、聖杯戦争の。
今から200年程前、3人の魔術師が万能の願望器"聖杯"を作り上げた。しかし聖杯が叶えるのはただ一人の願いだけ……その事実を知った彼らは奪い合い、殺し合った。それがこの地、冬木の聖杯戦争の始まり。
正直、最初はなんでも願いが叶うってのは半信半疑だったけど、今ではそれも十分あり得る話だと思っていた。
召喚術の心得もロクにない私が、本当に過去の英雄なんて呼び出してしまったのだから。
例えるなら趣味で釣りやってますってレベルの人が、海に向かって釣り竿投げたらマグロが釣れたみたいな……それぐらいとんでもないことが起きてる。