第46章 【深緑色】 限局性恐怖症
そうもこうも
悶々としているうちにも会話は進む
「ん…もうっ! 怒るよ!?」
「その顔はもう怒ってねぇ…。」
もはや自分たちの事なんて
忘れ去ってしまったのだろう
塞いだはずの耳に届いた声は
まるで壁なんて最初から無かったかのようだ。
塞いだ手は今
口を抑えているのだから当然である。
「そうじゃ…なくてっ!」
心なしか声の色が変わった様な気がするのは
気のせいではないのだろう…。
頑張れ楠梨さん
もう少しくらいキツめに怒って良い。
何をしているのか
まったく絵は思い浮かばないのに
文字は浮かぶ。
何故って?
経験がないからだ。
(僕の事は
今どうでもいいじゃないか!)
一体誰につっこんでいるのやら
一人奮起する緑谷の顔は真っ赤だ。
何か見えているわけでもないのに
次はその顔を両手で被い
そろそろ首から落っこちてしまいそうな
深緑の癖っ気頭をぶんぶんと振る
そして贈るのだ
エールを
ハイリへと…。
(お願い、お願いだ楠梨さんっ
振り切って! 頑張って!!)
緑谷は切に願う。
だが忘れてはいやしないだろうか
相手が轟であると言う事を。
こうなってしまった轟を
一体誰が止めることが出来ようか…。
「ハイリ…可愛いな。」
轟の声に満ち満ちた余裕。
ハイリの姿は思い浮かばないというのに
愉悦に浸ったその表情が目に見えてしまいそうだ。
瞬間
緑谷の応援虚しく
声が上がる
甘い、甘い
仔猫のような鳴き声
「も…ぅ、ンッ…」
ビクリ、緑谷の肩も跳ね上がった
轟とは違う甘い声音は想像以上に艶やかだ。
もしや傷でも化膿し始めたのだろうか
足も、腕も、頭も…全身が熱い。
「ぁ…っ」
ギシと音が軋む
カツンと音が落ちた
「ゃっ…ぁっ」
ひらりと翻ったカーテンの裾
焦げ茶の靴は
お天気占いでもしたかのように
ころりと横を向いている。
脱いだのではない
脱げたのだろう
誰の物かなど考えるまでも無かった
この部屋でローファーを履いている人物なんて
一人しかいないのだから。
確定だ
そして前言撤回だ
(そこ!! 僕のベッド!!!)
今夜そこで誰が寝ると思っているんだ!
緑谷の叫びは声にならなかった
いや、声に出来なかった…。