第41章 【深緑色】自己CHIYU
時はほんの少しだけ遡る――…
『しょ、とっ…ぁあっ、しょぉと…ぉっっ』
泣き声の様な啼き声が
たかが壁一枚、扉一枚に収まるはずもねぇ
いけ好かねぇ野郎の名が響く保健室
その前の廊下で
心ン中を覗かせる気配のねぇ黒眼を見据えながら
あからさまに舌を打った。
(自分が何してぇのかわかんねぇ…。)
何のためにこの女を問い詰めてんのか
俺は誰の為に動いてんのか
その誰とは俺にとって何なのか
ソイツは今、誰とナニしてんのか
(わかってたまるか…ッ!)
向ける先のねぇ苛立ちは自分に向けた
溜め息一つ
上向いた鼻から抜けていく
八つ当たり?
んなモン出来っか
この声を快く思ってねぇのは
この女だって同じなんだ
「あの二人、仲良いんだねぇ~。」
暢気な声を上げて扉を見上げる
その横顔は振り返った時から一ミリも変わっちゃいねぇ
『今朝、目ェ合ったよなァ?』
『え~? 知らないなぁ…。』
苦笑を交えて頬を掻く
困ったと言わんばかりの女の表情は
疑いの目をもってしても騙され兼ねねぇ自然なモン。
だがよ
その自然さが俺に確信をもたらした
(逆に不自然だろーがよ…。)
女の視線を辿れば
そこには白い壁、そしてドア
聞こえてくる啼き声が誰のモンか
その女を啼かしてんのが誰なのか
俺同様
この女がわからねぇ筈がねぇ
普通何かしら表情が変わるモンだろこりゃ
仮にこれがウチのクラスの女共なら
赤面しつつギャーギャー騒ぐ
いつもはウゼェと聞き流す雑音も
今なら余程マトモに思えるってモンだ。
「でー? 何の話だった…っけ?」
思案する視界に突如現れた顔
首を大きく傾げて向けられた笑みに
ゾッとした。
目も口も
その角度は一ミリだって変わりゃしねぇ
化けの皮を剥いでやる
そう思ったのは確かだが
本当にバケモンが人間の皮を被ってるみてぇだ
返事を返す前にゴクリ喉が鳴る
「テメェが嘯いてっから話が進まねーんだろーが…。」
「え~? 嘘なんかついてないよ~?」
女は開いた手を口元にあて
大袈裟に驚いて見せた
ずっとこの調子だ
いくら問い詰めども暖簾に腕押し、糠に釘
全く手ごたえがねぇ…
のらりくらりと躱されて
本性どころか動揺すら見せやしねぇ
ったく
薄気味わりぃ女だ…。