第40章 【深緑色】secret cancer
俺のブレザーを掴んだ手に
力が込められた
落した視線
皺の寄ったそこに濃淡のグレー
細い指はいつも以上に白く
力の込められた爪は桃色に染まっている
伝わってくる震えは小さく
声も微かだった。
「キスして…?」
様子を伺おうと寄せた耳に
ようやく届く弱々しい言葉
追い詰められたような亜麻色の瞳に
色濃い既視感を覚えた。
(どこだったか…。)
そう遠くはねぇ
むしろ最近だ
体育祭の夜?
俺の家での夜?
それとももっと前か?
(違ェ…)
ああ
どれも違う
そもそも記憶にあるとは思えねぇ
こんなんハイリらしくねぇ
どんだけ振り回そうが
常にどこか余裕を残している
そういう女だ。
雫を湛えて
切羽詰まった亜麻色の瞳が揺れる
その目元を拭いながら
空いた手でもう一度髪を撫でた。
「どうした?」
聞き返したのは
願いを聞き入れなかった訳じゃねぇ
先に取り除いてやりたかった
誰よりも
大切な女だから
だがそれが
彼女に涙を零させた。
「しょ、とっ…おねがいっ。」
零れた水滴が指を伝う
濡れた指先から冷えていく
転がる様に零れ落ちる冷えた涙は
拭えど拭えど収まる気配がねぇ
笑っちまう事にどっかで喜ぶ俺がいる
今までになく求められている現実に
充足感を得ちまった。
「ああ、悪かった。」
求められたもん
口付け一つ
濡れた唇に触れるだけのキスを落とす
少しだけ和らいだ口元と瞳
間近で交わった視線にあったのは
覚えのある闇だった。
あぁ…覚えがあるはずだ
(………成程。)
この既視感はハイリじゃねぇ
俺自身の感情
今現在も胸の内で燻っている
出来れば表に出したくねぇ
エゴ以外の何物でもねぇ感情。
(どうりでハイリの記憶を探っても出てこねぇ筈だ。)
濡れた睫毛に縁どられた大きな瞳は
いつもより色濃く暗く
映る自分の表情すら暗く見せちまう…
揺れる瞳の中に映った自分と目を合わせて
抑えていたエゴがむくり
顔を出した。