第40章 【深緑色】secret cancer
「私はストレートの方が憧れるな。」
心理だかなんだか覚えてねぇが
なんかの本で読んだことがある
髪を梳く行為には
緊張を和らげる効果があるんだと
人間関係を構築する手段の一つ
社会的グルーミングってやつだ
轟に乱された髪を梳き直し
綺麗に編み込んでいく
女がもたらすハイリへの行為は
まさにソレだった
ゆっくり編む手とは裏腹に
会話はテンポよく刻まれていく
「え~良い事なんか無い無い!
ピンは滑り落ちちゃうしぃ
ヘタしたらヘアゴムだっていつの間にかなかったり…。」
「サラサラだもんね、羨ましい!」
緊張感をゆっくりと削がれた仔犬は
流されるまま
テンポのままに瞳を閉じた
節々に込められた力を一つ一つ抜いていくのが
目に見えてわかる
肩、腕、指と
徐々に、ゆっくりと
何かのカウントダウンみてぇに
そして髪が編みあがる頃に
一つ、はにかんだ
「私、髪を褒められたの初めてかも。」
感情をかみしめるように小さく笑う
淡く染まった頬
戸惑わせていた筈のソレを緩ませ両手で包む
丸い空気だ
ハイリの髪色みてぇな
温かみのある色の空気
名を付けるなら『平穏』が一番しっくりくると言っていい。
だってのにこの平穏の中に
ナニカを感じるのはなんでだ?
俺だけか?
「え!? ちょっと轟くん!
褒めなきゃ!女の子は褒めなきゃ!」
暖色のカーテンの中
無駄に明るい声が響く
その声を聴きながら
出来上がりすぎてるとしか思えねぇ色に舌を打った。
(イラつく…。)
何処かが違う
わからねぇ事自体にイラつく
何考えてんのかわからねぇ
この無表情の男にイラつく
「あ、あぁ…褒めた事、なかったか?」
「うーん…たぶん?」
どこだ?
何が引っかかる…
苦笑を浮かべるハイリか?
とぼけたツラの轟か?
狭い空間
それでも1人枠から外れ
この3人を客観的に見る
(やっぱコイツか…?)
口元に片手を添え
笑いながら轟の肩を叩くこの女
「ひどいひどい」と言いながら
ハイリの代わりとばかりに訴える
終いにゃダメ出しだ。
「愛が足りないよ~それは。」
なんで俺がこんな事に
イラつかなきゃなんねぇのか
それこそわかんなくなってきちまった。