第39章 ♦番外編♦ はにーホリック
まず状況を整理しよう
喉を撫でなれながら
血の昇った頭を冷ましていく
まず場所だ
たしかに逃げなきゃと思った
思って私も逃げてたはずだ
そしてこの部屋に入った
だけどなんで……?
「出てもいいかな?」
「見張るっつってただろ?」
囁き声で聞こえる距離
何を隠そうここはロッカーの中だ
狭いなんてもんじゃない
よく二人入れたな
そんな思いで満たされる
縦長の箱
密着している面積は寝る時の比じゃない
「確かに、言ってたけど…。」
続けたいのはもっと大きな疑問だ
言ってる事は正しいんだ
間違ってない
だけどね?
いくら大人数でも
この人ならすぐ往なせちゃうと思うの
“個性”なんて無くてもさ
(逃げた挙句隠れるなんて
焦凍らしくないな……。)
どうしてしまったのだろう?
お陰で出るに出られなくなってしまったじゃない
まったくもって焦凍らしくない
闇が深すぎると目が慣れても見える色は限られてしまう
距離が近過ぎると見える範囲も限られてしまう
細められていく二色の瞳を背景に
頬へと伸びてくる指先を見つめていた
「Trick or Treat…。」
耳に触れるか触れないかの距離で囁かれた言葉は
今日散々私が使った言葉だというのに
全く違う意味に聞こえてしまう
いつもより掠れた低音
声を抑えている分吐息が耳縁をかすめ取っていく
その熱さに当てられたように
ブワと肌が粟立った
「トリ…え?」
まさか自分が言われるとは思ってなかったの
今までずっと言う側だったし
焦凍がお菓子を欲しがるなんて思って無かった
「Trick or Treat……。」
もう一度囁く
今度は楽し気に瞳を細めながら
違う人を見ている気分なのはこの仮装のせいかな
夜の支配者である吸血鬼
胸元のジャボが鎖骨を撫でる
綺麗にアップされた右の白髪と
おろした前髪の隙間から覗く翠色の瞳
僅かな明かりに光るその色は
薄闇の中で閃光を描いた。