第38章 【深緑色】自 恋 魔
「爆豪くん?
爆豪くんっっ!?」
カチャンと音が鳴った
麻婆豆腐を掬っていたレンゲが
お皿に落ちる音
一度弾いて
紅の中に沈んでいく
話に夢中で全然気づいてなかった
爆豪くんの食事が全然進んでなかったって事
声を掛けようとして開いた口は
噤まざるを得なかった
緋色の目はとても遠くを見ていて
その目があまりに静かで
(……何か、あった?)
首を傾げる間もなかった
ユラと流れるような動作は川のせせらぎの様
本当に静かで
強引に捕まれたのに
手首は全然痛くなかった
勿論抵抗なんてしなかった
この動作に
悪意なんて微塵も感じなかったから
(とはいえ…
爆豪くんに悪意なんて感じたことないんだけど…。)
睨む
怒鳴る
爆破する
これがお決まりの流れな爆豪くん
悪意はなくとも敵意は常にある…
と言ったところだろうか
いつも言動の端々に棘がある
そういうとこもひっくるめて
爆豪くんなのだと
それでも根はちゃんとヒーローなんだと
皆、理解しているけれど
(なんか、いつもと違う?)
この時は違った
そんな棘すらなかった
棘どころか
守られてる気すらして
だったら矛先はどこなんだろう?って
(この中、なのかな?)
手を引かれながら
見渡そうと振り向きかけた頭は
その声に遮られた
「いいから来いや…。」
あまりに低くて
赤く揺らいだ瞳は
水底のような静かな怒りを湛えていて
息を呑んだ
黙ってついて行ったのは事実
でもたぶん
口をだせなかった
そう言った方が正しかった。