第37章 【深緑色】欠陥症
「あの…握手、して貰えませんか?」
別れ際にそう零したハイリの目はどこか真剣だった
強請っているような
照れているような
子供と大人
両方が複雑に交じり合った、そんな顔
強張りを誤魔化そうと
唇を噛みしめ、口角を上げる
頷く母に安心し息を漏らす様に
目尻が下がった
結ばれた手に
こっちも和む一方だ
(やっぱ病室ついてくりゃよかったんじゃねぇか?)
そんな所まで考えた
ハイリだけじゃねぇ
お母さんだってこんだけ笑ってんだ
喜んでくれてんのは俺だってわかる
だから
皮肉の一つでも言って良いんじゃねぇか
浮かべた苦笑を解き
口を開きかける
だがそれ以上、動いちゃくれなかった
「これが…お母さんの手……。」
口だけじゃねぇ
全身、思考まで固まった
唯一機能する目が、揺れるスクリーンにハイリを映す
細められた亜麻色の瞳
伏せた睫毛がチラと振るう
ビルの間かって思うくらいの強い風が
青葉の香りと共に吹き抜けていった
何故
気付かなかった…?
何故
思い浮かばなかった…?
コイツに母親の記憶が無い事くれぇ
わかりきっていた筈だ
出て来た言葉は恐らく無意識に近いモン
何かを察した母が
遠慮がちに亜麻色の髪を撫でる
それでも尚
細められたままの瞳が
そう告げていた。
母娘と呼ぶには
いささかぎこちない光景は緩やかに
時の流れにやや遅れながら流れていく
そんな中
括目したままの俺は
流れに一人置いていかれたまま
ふと気づく
ハイリからもらったモンを忘れたつもりはねぇ
だが結局俺はそれだけで
何一つ返しちゃいねぇ
好きだとか
守りてぇだとか
山ほど思った事はある
伝えたことだってある
改めて考えると
初めてかもしれねぇ
ハイリを幸せにしてやりたいと
時に置いていかれたまま
そう
思った。