第37章 【深緑色】欠陥症
まさか睨まれるとは思ってなかった
と思った瞬間だ
大して吊り上がっちゃいなかったが
それでも睨むつもりで向けられたであろう抗議の目
俺の元へと届く前に
その瞳がいつも以上に丸っこく見開かれる
目は俺を見ちゃいねぇ
見てんのはもっと後方
「あの…そちらは…」
疑問は
形を成していなかった
困惑しか読み取れないその視線を辿り振り返って見りゃ
そこにいたのは
さっきまで自分が見舞っていた筈の母の姿
中途半端な問いに返したのは
その隣で微笑む医師だった
「私の散歩に付き合って貰ったんだよ。」
「また散歩…ですか?」
ややしわがれた声に
軽く傾げられてた首が更に傾げられていく
母の隣で目を細めて頷く老爺に
この場が作り上げられたものだと悟った。
(何がしてぇんだ…。)
特に会話が始まるでもない微妙な間
あるのは鳥のさえずりと聞き取れない程度の話し声
じわり
汗がにじむ
場を理解出来てねぇような呑気な笑みの老爺と
不思議そうな表情の母
そして戸惑いを隠せてねぇハイリ
この状況で
この雰囲気で
この場を作り上げた老爺は
無責任にも言い放つ
「確かにまた、だな。
私はそろそろ診察に戻ろうか…
轟さん、くれぐれも無理はしない様に。」
「はい…」
一人が欠けた沈黙の輪
横目でハイリを見れば
その目は去り行く老爺など目端にも映さず
一心に母へと向けられていた。
「あの…座りませんか…?」
座して小一時間
紹介とあいさつも済ませての談笑は
色々と違和感だらけだ
(初めて見る表情だ…)
ソワソワと落ち着きのないハイリは
常に頬を染め
いつも真っ直ぐ見つめてくる瞳が
キョロキョロと動く
俺に向ける照れとも違う
母に向けられたはにかみは
人見知りの子供が
親の後ろからコソと覗く姿を思わせる
緊張とも違う
あまりに幼い表情を
会話そっちのけで見つめていた。