第37章 【深緑色】欠陥症
病室に入るまで続いていた手の震えは
いつの間にか無くなっていた
「また来る…。」
笑って見送る母にどんな顔を向けりゃいいもんか
呪文みてぇに「素直に」と
アイツの言葉がこだまする
返した笑みは不自然だったのかもしれねぇ
静かに閉じた病室のドア
一つ息をつき
背を預ける
緊張してたのか
恐れていたのか
驚く程あっさりと笑って赦してくれた母に
零した笑みの方が自然だった気がする
自覚せざるを得なかった
ここに来なかった理由は母の為だけじゃなく
自分の弱さの為でもあったのだと
『大丈夫だよ、大丈夫。』
そんな言葉をくれた女に無性に会いたくなって
ポケットに突っ込んだ手は粗雑にスマホを掴んだ。
「あ…」
拍子にひらりと舞い落ちた写真
誰にも見せねぇようにずっと忍ばせていたそれ
院内じゃ風なんざある筈もねぇのに
踊る様に紙面を光らせ
冷たい床へと舞い落ちる
伸ばした手は二本
先に触れたのは俺の指じゃなかった
「おや? 君は確かさっきの…。」
本日二度目の柔和な声に顔を上げると
そこで笑みを湛えているのは
てっきりハイリを一緒にいるとばかり思っていた
先程の『先生』だった。
「轟さんの……
あぁ、どこかで見た事があると思っていたら
轟…焦凍くんか。」
出たばかりのドアと俺を交互に見ながら
口元の髭を撫でる
言葉は今気づいた風だが
どう見ても気付いたのは今じゃねぇという表情
恐らくは
「体育祭見てたんだよ、準優勝、おめでとう。」
ンなトコだろうと思った
別にこれは珍しい反応じゃねぇ
次の日じゃ尚更だ
だが
違和感はそこじゃなかった
言葉は俺へのものなのに
その医師の視線の先には皺だらけの手で拾われた例の写真
俺に返す素振りもなく
目を細めてソレを見ている
その目があまりに懐かし気で
やはり幼い頃からの知り合いなのだろうと確信した。