第36章 【深緑色】華と蜂のマリアージュ
一言につき一つ
ふわりと蕾を綻ばせては
花開いていく
こんな表情に目尻を下げる俺は
さしずめ
華に踊らされた憐れな虫と言ったところだろうか。
「嬉しい…」
綺麗な弧を描いた口元と
悪戯に上がる丸い瞳
開いた華が花びらを揺らす
零れる声に
柔らかな唇が艶めいて見えた
「言質、取っちゃったからね…?」
ハッと息が漏れた
思い返せばまるで
誘導されたかのようなやり取りに
してやられたと
本日最終演目
勝者、ハイリ
完全にお手上げだ
どうすりゃ俺が帰らねぇか
いや、帰れねぇか
よくわかってやがる
羞恥を捨ててまで引き止めようとする辺り
切羽詰まってんだろうが
気に入らねぇのはこのしたり顔
(可愛い…っちゃ可愛いんだが……。)
ハイリは本当にわかってんだろうか
自分が今
俺をどんな気持ちにさせてんのか
本人は疾うに満足気だが
こっちはそうはいかねぇ
ニンと上がった口端は無邪気な子猫みてぇだ
そこを一度撫でて緩くつまむ
「言っておくが誘ったことはもう帳消しに出来ねぇぞ…。」
「わかってる。」
きっと華ってのは
言うほど自覚しちゃいねぇ
如何に自分が虫を惹き付ける存在なのか
(これは教え込んでおくべきだよな…。)
だが
なんて言や伝わんだろうな
なんたって今夜のこれは
どっちにも損がねぇ
額を擦り合わせながら
じゃれ合うように互いの温度を分かち合う
「眠れなくなんぞ?」
「望むところだよ?」
囁きと共に沈む一つとなった影
ハイリの躰はまだ熱い
今夜この温度が冷める事なんざ絶対にねぇ
先程脱がし損ねたシャツに指を掛け
肌を露わに
(ホントに今日、コイツに何があったってんだ?)
問う事はしなかった
それはコトの最中でも後でも出来んだろ
会話になるかは別として
今はただ
誘う華の思惑通りに
「ハイリ……っ」
部屋に蠢く影二つ
宵闇に紛れ
一つと溶けていった――――……