第36章 【深緑色】華と蜂のマリアージュ
どこか弱々しい声とは裏腹に
俺の腕を引いた手の力は強かった
ぽふ…と音を立てて
マットレスへと雪崩れこんだ影二つ
潰さねぇように片肘をつくと
影は重なり一つとなった
夜陰に光る瞳が星の瞬きのように
声無く囁いてくる
響く声は俺の返し一つ
「わかってる…。
帰らねぇって言っただろ?」
二週間我慢してたんだ
これだけで終わるわけがねぇ
ウェーブのかかった長い髪が
電気のついてねぇ部屋の中で浮かび上がる
カーテンの隙間から漏れた光に溶け
夜の波打つ水面の様に見えた
髪を撫でてやっても
波間に揺蕩う細い指は未だ離そうとしねぇ
そんな事しなくとも
もう、どこに行くわけでもねぇってのに
溜息を一つ
袖を握りしめたままの指を解き
それを絡め取っていく
誘う色が儚げなのは手折られた為か
今にも濡れてしまいそうな目尻を撫でると
色づいた花弁が微かに揺れた
「明日は…?」
言いてぇ事ならわかってる
欲しい言葉も痛ぇ程
同じ時間でも
待たせる方と待つ方じゃ
その長さは違ぇんだ
小さな沈黙が言葉を誘う
勝手に急いている様な、そんな僅かな間
答えは決まってるようなもんだった
「帰らねぇ。」
俺の言葉にまた一つ
甘い色香を含む蕾が綻んでいく
「明後日、は?」
「帰らねぇ、ずっと一緒だ。」
「ホント?」
「ああ…。」
漏れた息が前髪を揺らす
そんな距離
聞きてぇことも話してぇ事も十二分にあった
考えてみりゃ、まだ何一つ話せちゃいねぇ
それでも今は後回しにすべきなんだろう
「へへ…約束だよ?」
「わかってる。」
誓約だので抑える事の出来ねぇ感情を
引き出したのは紛れもなくコイツで
交わすのは間違いなく
コイツが怖がっていた約束で
なのに
頬を撫でた指で耳の縁を辿ると
手折られたばかりの華は
安息に花びらを揺らした。