第36章 【深緑色】華と蜂のマリアージュ
ずっと遠くに聞いていた風音は
いつの間にか潰えていた
やはりハイリが呼んだんだろうか
そう思っちまったのは
多分、腕の中でくたりとへばってたから
そりゃ手折られたんなら
花は萎れるよな
などと、訳わかんねぇことを考えた
「しょーと…。」
凭れかかって来るまだ熱い体
首に摺り寄せられた頭
髪が頬を掠めてくすぐってぇ
甘えてんだ
そういや今日は甘やかされてばっかで
全く甘やかしてなかったと
ウェーブがかかった髪に指を差し込んで
抱きしめる
ハイリは飽きもせず
その頭をぐりぐりと押し付けて来た
「何してんだ?」
「まーきんぐ…?」
何言い出すのかと思えば…
この仕草のどの辺がマーキングなんだ?
問おうとして
視線が絡む
絡むっつっても
そんな色気のある視線じゃねぇ
ずっと笑みを湛えていた口元はツンと尖り
はっきりと訴えて来る
どうやら、ご不満のようだ。
言葉より先に笑みが漏れた
「どうした?」
問えばその表情は殊更に色を増し
さぁ聞けとばかりに口開く。
「焦凍の匂い、違う…
この匂いも好きだけど、同じのがいい。」
さっきまであんなに妖艶に誘ってたくせに
途端にガキみてぇにむくれて
それが無性に可愛くて
同時に理解した
ハイリのおねだり
(今夜泊ってやりゃ済む
って訳ではなさそうだ…。)
ハイリは良くも悪くも聞き分けが良い
これはおねだりと言うよりは…
我儘のつもりなんだろう。
二週間前の言葉が
脳内でこだまする
――さみしいよ
ずっと飲み込ませていた
先に無理だと言っちまえば駄々をこねることはしねぇ
そういう女だからそこに甘んじていた
限界が来たのか
変化の延長か
何があったのかは知らねぇが
随分な変り様
そりゃ、ずっと気にはなってはいたんだ
ただ色々ありすぎて、自分の事で手一杯で
今に至るまで問う事すらしなかった
「ハイリ…」
「なぁに?」
尋ねようと顔を覗きこんだが出来なかった
後に回してやるべきだと思ったからだ。